片腕 / 一只胳膊
作者:川端康成
【日】 「片腕を一晩お貸ししてもいいわ。」と娘は言った。そして右腕を肩からはずすと、それを左手に持って私の膝(ひざ)においた。
【中】 “借给你一只胳膊用一晚也可以哦。”姑娘说道。接着,她把右臂从肩膀上卸下来,用左手拿着,放在了我的膝盖上。
【日】 「ありがとう。」と私は膝を見た。娘の右腕のあたたかさが膝に伝わった。
【中】 “谢谢。”我看着膝盖说道。姑娘右臂的温度传到了我的膝盖上。
【日】 「あ、指輪をはめておきますわ。あたしの腕ですというしるしにね。」と娘は笑顔で左手を私の胸の前にあげた。「おねがい……。」
【中】 “啊,我先戴上戒指吧。作为这是我的胳膊的记号。”姑娘微笑着将左手举到我的胸前,“拜托了……”
【日】 左片腕になった娘は指輪を抜き取ることがむずかしい。
【中】 只剩左臂的姑娘,很难自己把戒指拔下来。
【日】 「婚約指輪じゃないの?」と私は言った。
【中】 “不是订婚戒指吗?”我问。
【日】 「そうじゃないの。母の形見なの。」
【中】 “不是的,是母亲的遗物。”
【日】 小粒のダイヤをいくつかならべた白金の指輪であった。
【中】 那是一枚镶嵌着几颗碎钻的白金戒指。
【日】 「あたしの婚約指輪と見られるでしょうけれど、それでもいいと思って、はめているんです。」と娘は言った。「いったんこうして指につけると、はずすのは、 母と離れてしまうようでさびしいんです。」
【中】 “虽然可能会被看作是我的订婚戒指,但我觉得那样也没关系,所以一直戴着。”姑娘说,“一旦像这样戴在手指上,再摘下来,就仿佛要和母亲分离一样,会感到寂寞。”
【日】 私は娘の指から指輪を抜き取った。そして私の膝の上にある娘の腕を立てると、紅差し指にその指輪をはめながら、「この指でいいね?」
【中】 我从姑娘的手指上拔下戒指。然后将我膝盖上姑娘的胳膊竖起来,一边将戒指戴在她的无名指上,一边问:“戴这根手指可以吗?”
【日】 「ええ。」と娘はうなずいた。「そうだわ。肘(ひじ)や指の関節がまがらないと、突っ張ったままでは、せっかくお持ちいただいても、義手みたいで味気ない でしょう。動くようにしておきますわ。」そう言うと、私の手から自分の右腕を取って、肘に軽く唇(くちびる)をつけた。指のふしぶしにも軽く唇をあてた。
【中】 “嗯。”姑娘点了点头。“对了。要是手肘和手指的关节不能弯曲,就那么僵直着的话,难得您带回去,弄得像假肢一样就太乏味了吧。我让它能动起来吧。”说着,她从我手中拿过自己的右臂,在手肘上轻轻贴上嘴唇。在各个指节上也轻轻吻了一下。
【日】 「これで動きますわ。」
【中】 “这样就能动了。”
【日】 「ありがとう。」私は娘の片腕を受け取った。「この腕、ものも言うかしら? 話をしてくれるかしら?」
【中】 “谢谢。”我接过姑娘的单臂。“这条胳膊,会说话吗?能和我聊天吗?”
【日】 「腕は腕だけのことしか出来ないでしょう。もし腕がものを言うようになったら、返していただいた後で、あたしがこわいじゃありませんの。でも、おためしに なってみて……。やさしくしてやっていただけば、お話を聞くぐらいのことはできるかもしれませんわ。」
【中】 “胳膊大概只能做胳膊能做的事吧。如果胳膊变得会说话,等您还给我之后,我岂不是会害怕吗?不过,您可以试一试……如果您温柔待它,也许它能听听您说话呢。”
【日】 「やさしくするよ。」
【中】 “我会温柔待它的。”
【日】 「行っておいで。」と娘は心を移すように、私が持った娘の右腕に左手の指を触れた。
【中】 “去吧。”姑娘仿佛在倾注心意一般,用左手的手指触碰了我拿着的她的右臂。
【日】 「一晩だけれど、このお方のものになるのよ。」
【中】 “虽然只有一个晚上,但你要成为这位先生的所有物哦。”
【日】 そして私を見る娘の目は涙が浮ぶのをこらえているようであった。
【中】 而望着我的姑娘的眼中,似乎强忍着泪水。
【日】 「お持ち帰りになったら、あたしの右腕を、あなたの右腕と、つけ替えてごらんになるようなことを……。」と娘は言った。「なさってみてもいいわ。」
【中】 “您带回去之后,要是想把我的右臂,和您的右臂替换一下看看……”姑娘说,“试一试也是可以的哦。”
【日】 「ああ、ありがとう。」
【中】 “啊,谢谢。”
【日】 私は娘の右腕を雨外套(あまがいとう)のなかにかくして、もやの垂れこめた夜の町を歩いた。電車やタクシイに乗れば、あやしまれそうに思えた。娘のから だを離された腕がもし泣いたり、声を出したりしたら、騒ぎである。
【中】 我把姑娘的右臂藏在雨衣里,走在雾气笼罩的夜城中。我觉得要是乘坐电车或出租车,可能会引人怀疑。这离开姑娘身体的胳膊要是哭泣或发出声音,可就惹出乱子了。
【日】 私は娘の腕のつけ根の円みを、右手で握って、左の胸にあてがっていた。その上を雨外套でかくしているわけだが、ときどき、左手で雨外套をさわって娘の腕 をたしかめてみないではいられなかった。それは娘の腕をたしかめるのではなくて、私のよろこびをたしかめるしぐさであっただろう。
【中】 我用右手握着姑娘胳膊根部的圆润处,将它贴在左胸上。虽说外面用雨衣遮掩着,但我还是忍不住时常用左手隔着雨衣摸一摸,确认姑娘的胳膊还在不在。那与其说是在确认姑娘的胳膊,不如说是在确认我内心的喜悦吧。
【日】 娘は私の好きなところから自分の腕をはずしてくれていた。腕のつけ根であるか、肩のはしであるか、そこにぷっくりと円みがある。西洋の美しい細身の娘に ある円みで、日本の娘には稀(ま)れである。それがこの娘にはあった。ほのぼのとういういしい光りの球形のように、清純で優雅な円みである。娘が純潔を失 うと間もなくその円みの愛らしさも鈍ってしまう。たるんでしまう。美しい娘の人生にとっても、短いあいだの美しい円みである。それがこの娘にはあった。肩 のこの可憐(かれん)な円みから娘のからだの可憐なすべてが感じられる。胸の円みもそう大きくなく、手のひらにはいって、はにかみながら吸いつくような固 さ、やわらかさだろう。娘の肩の円みを見ていると、私には娘の歩く脚も見えた。細身の小鳥の軽やかな足のように、蝶が花から花へ移るように、娘は足を運ぶ だろう。そのようにこまかな旋律は接吻(せっぷん)する舌のさきにもあるだろう。
【中】 姑娘是从我最喜欢的地方把她的胳膊卸下来的。无论是胳膊的根部,还是肩膀的边缘,那里都有着饱满的圆润。那是西洋美丽的纤瘦少女才有的圆润,在日本少女中实属罕见。而这个姑娘却拥有。那是一种清纯而优雅的圆润,宛如微微泛着娇嫩光泽的球体。一旦少女失去纯洁,那圆润的可爱感也会随之迟钝、松弛。即便在美丽少女的人生中,这也是极为短暂的属于那一段时光的美丽圆润。而这个姑娘恰好拥有。从这肩膀楚楚可怜的圆润中,能感受到姑娘身体所有惹人怜爱之处。胸部的弧度想必也不算太大,盈盈一握,带着羞涩般吸附于手心的坚挺与柔软吧。看着姑娘肩膀的圆润,我仿佛也看到了姑娘行走的双腿。定如纤细小鸟的轻盈双足,又如蝴蝶在花间蹁跹般迈动步子吧。那般细腻的旋律,想必也存在于接吻时的舌尖上。
【日】 袖(そで)なしの女服になる季節で、娘の肩は出たばかりであった。あらわに空気と触れることにまだなれていない肌の色であった。春のあいだにかくれなが らうるおって、夏に荒れる前のつぼみのつやであった。私はその日の朝、花屋で泰山木(たいさんぼく)のつぼみを買ってガラスびんに入れておいたが、娘の肩 の円みはその泰山木の白く大きいつぼみのようであった。娘の服は袖がないというよりなお首の方にくり取ってあった。腕のつけ根の肩はほどよく出ていた。服 は黒っぽいほど濃い青の絹で、やわらかい照りがあった。このような円みの肩にある娘は背にふくらみがある。撫(な)で肩(がた)のその円みが背のふくらみ とゆるやかな波を描いている。やや斜めのうしろから見ると、肩の円みから細く長めな首をたどる肌が掻(か)きあげた襟髪でくっきり切れて、黒い髪が肩の円 みに光る影を映しているようであった。
【中】 正是穿无袖女装的季节,姑娘的肩膀刚刚袒露出来。那肤色仿佛还不习惯赤裸裸地与空气接触。那是经过整个春天的隐藏与滋润,在夏季变得粗糙之前的花蕾般的光泽。那天早上,我在花店买了泰山木(广玉兰)的花蕾插在玻璃瓶里,而姑娘肩膀的圆润,就像那泰山木洁白硕大的花蕾。姑娘的衣服与其说是无袖,不如说是向颈部深挖的款式。胳膊根部的肩膀恰到好处地露在外面。衣服是深至近乎黑色的浓蓝丝绸,泛着柔和的光泽。肩膀有如此圆润弧度的姑娘,背部也会有优美的隆起。削肩的圆润与背部的隆起描绘出和缓的波浪。从稍微倾斜的后方看去,从肩膀的圆润处沿着细长的后颈向上延伸的肌肤,被撩起的发际线清晰地截断,乌黑的头发似乎在肩膀的圆润上投下闪烁的暗影。
【日】 こんな風に私がきれいと思うのを娘は感じていたらしく、肩の円みをつけたところから右腕をはずして、私に貸してくれたのだった。
【中】 姑娘似乎感觉到了我如此认为她的美丽,所以才连带肩膀的圆润处一起卸下右臂,借给了我。
【日】 雨外套(あまがいとう)のなかでだいじに握っている娘の腕は、私の手よりも冷たかった。心おどりに上気している私は手も熱いのだろうが、その火照(ほ て)りが娘の腕に移らぬことを私はねがった。娘の腕は娘の静かな体温のままであってほしかった。また手のなかのものの少しの冷たさは、そのもののいとしさ を私に伝えた。人にさわられたことのない娘の乳房のようであった。
【中】 在雨衣里被我小心翼翼握着的姑娘的胳膊,比我的手要凉。因心潮澎湃而气血上涌的我,手应该也很热吧,但我祈盼这股燥热不要传到姑娘的胳膊上。我希望姑娘的胳膊能保持她那安静的体温。手中之物那微微的凉意,向我传递了它的楚楚可怜。就如同未曾被人触碰过的少女的乳房。
【日】 雨もよいの夜のもやは濃くなって、帽子のない私の頭の髪がしめって来た。表戸をとざした薬屋の奥からラジオが聞えて、ただ今、旅客機が三機もやのために 着陸出来なくて、飛行場の上を三十分も旋回しているとの放送だった。こういう夜は湿気で時計が狂うからと、ラジオはつづいて各家庭の注意をうながしてい た。またこんな夜に時計のぜんまいをぎりぎりいっぱいに巻くと湿気で切れやすいと、ラジオは言っていた。私は旋回している飛行機の灯が見えるかと空を見あ げたが見えなかった。空はありはしない。たれこめた湿気が耳にまではいって、たくさんのみみずが遠くに這(は)うようなしめった音がしそうだ。ラジオはな おなにかの警告を聴取者に与えるかしらと、私は薬屋の前に立っていると、動物園のライオンや虎や豹(ひょう)などの猛獣が湿気を憤って吠(ほ)える、それ を聞かせるとのことで、動物のうなり声が地鳴りのようにひびいて来た。ラジオはそのあとで、こういう夜は、妊婦や厭世家(えんせいか)などは、早く寝床へ はいって静かに休んでいて下さいと言った。またこういう夜は、婦人は香水をじかに肌につけると匂(にお)いがしみこんで取れなくなりますと言った。
【中】 欲雨之夜的雾气变得浓重,没戴帽子的我,头发也渐渐潮湿了。从已经打烊关门的药店深处传出收音机的声音,广播里正播报着,目前有三架客机因浓雾无法降落,已在机场上空盘旋了三十分钟。收音机接着提醒各家各户,这种夜晚湿气重,钟表容易走时失准。收音机还说,在这样的夜晚,如果把钟表的发条上得太满,很容易因潮湿而崩断。我仰头望向天空,想看看能否看到盘旋飞机的灯光,却什么也看不见。天空根本不存在。低垂的湿气甚至钻进了耳朵,似乎能听到许多蚯蚓在远处爬行般湿漉漉的声音。我站在药店前,想听听收音机是否还会给听众什么警告,广播里说是动物园的狮子、老虎和豹子等猛兽因这湿气而愤怒咆哮,要放给听众听,接着动物的低吼声便如地鸣般回荡起来。在这之后,收音机说,这样的夜晚,孕妇和厌世者等,请早点上床安静休息。还说这种夜晚,女士如果将香水直接涂在肌肤上,香味会渗入皮肤无法散去。
【日】 猛獣のうなり声が聞えた時に、私は薬屋の前から歩き出していたが、香水についての注意まで、ラジオは私を追って来た。猛獣たちが憤るうなりは私をおびや かしたので、娘の腕にもおそれが伝わりはしないかと、私は薬屋のラジオの声を離れたのであった。娘は妊婦でも厭世家でもないけれども、私に片腕を貸してく れて片腕になった今夜は、やはりラジオの注意のように、寝床で静かに横たわっているのがいいだろうと、私には思われた。片腕の母体である娘が安らかに眠っ ていてくれることをのぞんだ。
【中】 听到猛兽低吼声时,我已经从药店前迈步走开了,但收音机关于香水的提醒还是追上了我。猛兽们愤怒的吼叫让我感到威胁,我担心这份恐惧会传给姑娘的胳膊,于是便远离了药店收音机的声音。虽然姑娘既不是孕妇也不是厌世者,但今晚把单臂借给我而变成独臂的她,我觉得还是像收音机提醒的那样,安静地躺在床上休息比较好。我祈愿作为这只单臂母体的姑娘能安然入睡。
【日】 通りを横切るのに、私は左手で雨外套の上から娘の腕をおさえた。車の警笛が鳴った。脇腹(わきばら)に動くものがあって私は身をよじった。娘の腕が警笛 におびえてか指を握りしめたのだった。
【中】 穿过马路时,我用左手隔着雨衣按住了姑娘的胳膊。汽车鸣笛了。侧腹处有东西在动,我扭动了一下身子。不知是否是被警笛声吓到,姑娘的胳膊紧紧握拢了手指。
【日】 「心配ないよ。」と私は言った。「車は遠いよ。見通しがきかないので鳴らしているだけだよ。」
【中】 “别担心。”我说,“车还很远呢。只是因为视线不好才按喇叭的。”
【日】 私はだいじなものをかかえているので、道のあとさきをよく見渡してから横切っていたのである。その警笛も私のために鳴らされたとは思わなかったほどだ が、車の来る方をながめると人影はなかった。その車は見えなくて、ヘッド・ライトだけが見えた。その光りはぼやけてひろがって薄むらさきであった。めずら しいヘッド・ライトの色だから、私は道を渡ったところに立って、車の通るのをながめた。朱色の服の若い女が運転していた。女は私の方を向いて頭をさげたよ うである。とっさに私は娘が右腕を取り返しに来たのかと、背を向けて逃げ出しそうになったが、左の片腕だけで運転出来るはずはない。しかし車の女は私が娘 の片腕をかかえていると見やぶったのではなかろうか。娘の腕と同性の女の勘である。私の部屋へ帰るまで女には出会わぬように気をつけなければなるまい。女 の車はうしろのライトも薄むらさきであった。やはり車体は見えなくて、灰色のもやのなかを、薄むらさきの光りがぼうっと浮いて遠ざかった。
【中】 因为我抱着重要的东西,所以是在仔细看清前后路况后才横穿马路的。我甚至不认为那警笛是为我鸣的,望向汽车驶来的方向,并没有人影。看不见车身,只能看到前照灯。那光晕散开,呈现出淡紫色。因为这前照灯的颜色很罕见,我便站在过完马路的地方,看着那辆车驶过。开车的是一个穿朱红色衣服的年轻女人。女人似乎朝我这边转过头,微微低了一下头。那一瞬间,我还以为是姑娘来要回她的右臂了,差点吓得转身就跑,但只有左臂是不可能开车的。可是,车里的女人是不是看穿了我正抱着姑娘的单臂呢?这或许是与姑娘的胳膊属于同性女人的直觉吧。在回到我的房间之前,必须小心别再遇到女人了。女人车子的尾灯也是淡紫色的。依然看不见车身,在灰色的雾气中,淡紫色的光芒幽幽浮动着远去了。
【日】 「あの女はなんのあてもなく車を走らせて、ただ車を走らせるために走らせずにはいられなくて、走らせているうちに、姿が消えてなくなってしまうのじゃない かしら……。」と私はつぶやいた。「あの車、女のうしろの席にはなにが坐(すわ)っていたのだろう。」
【中】 “那个女人毫无目的地开着车,只是为了开车而不得不开,难道在行驶中,她的身姿就会凭空消失吗……”我喃喃自语道。“那辆车,女人后面的座位上到底坐着什么呢?”
【日】 なにも坐っていなかったようだ。なにも坐っていないのを不気味に感じるのは、私が娘の片腕をかかえていたりするからだろうか。あの女の車にもしめっぽい 夜のもやは乗せていた。そして女のなにかが車の光りのさすもやを薄むらさきにしていた。女のからだが紫色の光りを放つことなどあるまいとすると、なにだっ たのだろうか。こういう夜にひとりで車を走らせている若い女が虚(むな)しいものに思えたりするのも、私のかくし持った娘の腕のせいだろうか。女は車のな かから娘の片腕に会釈したのだったろうか。こういう夜には、女性の安全を見まわって歩く天使か妖精(ようせい)があるのかもしれない。あの若い女は車に 乗っていたのではなくて、紫の光りに乗っていたのかもしれない。虚しいどころではない。私の秘密を見すかして行った。
【中】 似乎什么也没坐。之所以对空无一人的后座感到阴森,难道是因为我正抱着姑娘的单臂吗?那个女人的车上,也承载着这潮湿夜晚的雾气。而且女人的某种特质,将车灯照射到的雾气染成了淡紫色。女人的身体总不至于散发紫光,那到底是什么呢?在这样的夜晚,独自开车行驶的年轻女人让我感到一种虚无,这也是因为我暗中揣着姑娘胳膊的缘故吗?女人是从车里向姑娘的单臂点头致意吗?在这样的夜晚,或许有天使或妖精在四处巡视女性的安全吧。那个年轻女人也许不是坐在车里,而是乘着紫色的光芒。根本不是虚无那么简单。她分明是看穿了我的秘密才离去的。
【日】 しかしそれからは一人の人間にも行き会わないで、私はアパアトメントの入口に帰りついた。扉のなかのけはいをうかがって立ちどまった。頭の上に蛍火が飛 んで消えた。蛍の火にしては大き過ぎ強過ぎると気がつくと、私はとっさに四五歩後ずさりしていた。また蛍のような火が二つ三つ飛び流れた。その火は濃いも やに吸いこまれるよりも早く消えてしまう。人魂(ひとだま)か鬼火のようになにものかが私の先きまわりをして、帰りを待ちかまえているのか。しかしそれが 小さい蛾の群れであるとすぐにわかった。蛾のつばさが入口の電灯の光りを受けて蛍火のように光るのだった。蛍火よりは大きいけれども、蛍火と見まがうほど に蛾としては小さかった。
【中】 不过从那以后,我连一个人影也没碰到,回到了公寓的入口。我停下脚步,窥探着门内的动静。头顶上飞过一点萤火,然后消失了。当我意识到作为萤火虫的光来说它太大了、太强了时,我瞬间倒退了四五步。紧接着,又有两三点像萤火一样的光飞掠而过。那光芒甚至比被浓雾吞噬还要快地熄灭了。难道是某种像鬼火或幽浮般的东西抢在我前面,正等着我回来吗?但我立刻明白,那是一群小飞蛾。飞蛾的翅膀在入口电灯的照射下,像萤火一样发光。虽然比萤火虫大,但作为飞蛾来说已经小到足以和萤火虫混淆了。
【日】 私は自動のエレベエタアも避けて、狭い階段をひっそり三階へあがった。左利きでない私は、右手を雨外套のなかに入れたまま左手で扉の鍵をあけるのは慣れ ていない。気がせくとなお手先きがふるえて、それが犯罪のおののきに似て来ないか。部屋のなかになにかがいそうに思える。私のいつも孤独の部屋であるが、 孤独ということは、なにかがいることではないのか。娘の片腕と帰った今夜は、ついぞなく私は孤独ではないが、そうすると、部屋にこもっている私の孤独が私 をおびやかすのだった。
【中】 我避开自动电梯,悄无声息地沿着狭窄的楼梯爬上三楼。不是左撇子的我,不习惯右手仍藏在雨衣里,只用左手开门锁。心里一急,手就更抖了,这难道不像犯罪时的战栗吗?总觉得房间里似乎有什么东西。虽说这是我一如既往孤独的房间,但孤独,不就意味着存在着某种东西吗?今夜带着姑娘的单臂归来,我破天荒地不再孤独,可这么一来,原本盘踞在房间里的我的孤独,反而来威胁我了。
【日】 「先きにはいっておくれよ。」私はやっと扉が開くと言って、娘の片腕を雨外套(あまがいとう)のなかから出した。「よく来てくれたね。これが僕の部屋だ。 明りをつける。」
【中】 “你先进去吧。”门好不容易打开时我说道,把姑娘的单臂从雨衣里拿了出来。“欢迎你来。这就是我的房间。我来开灯。”
【日】 「なにかこわがっていらっしゃるの?」と娘の腕は言ったようだった。「だれかいるの?」
【中】 “您在害怕什么吗?”姑娘的胳膊仿佛在说,“有人在吗?”
【日】 「ええっ? なにかいそうに思えるの?」
【中】 “诶?你觉得像是有什么东西在吗?”
【日】 「匂(にお)いがするわ。」
【中】 “有股味道哦。”
【日】 「匂いね? 僕の匂いだろう。暗がりに僕の大きい影が薄ぼんやり立っていやしないか。よく見てくれよ。僕の影が僕の帰りを待っていたのかもしれない。」
【中】 “味道?是我的味道吧。黑暗中难道没有模模糊糊地立着我庞大的影子吗?你仔细看看。也许是我的影子在等着我回来呢。”
【日】 「あまい匂いですのよ。」
【中】 “是甜美的味道哦。”
【日】 「ああ、泰山木(たいさんぼく)の花の匂いだよ。」と私は明るく言った。私の不潔で陰湿な孤独の匂いでなくてよかった。泰山木のつぼみを生けておいたの は、可憐(かれん)な客を迎えるのに幸いだった。私は闇(やみ)に少し目がなれた。真暗だったところで、どこになにがあるかは、毎晩のなじみでわかってい る。
【中】 “啊,是泰山木花(广玉兰)的味道。”我语气明快地说。幸好不是我那肮脏阴郁的孤独气味。插上泰山木的花蕾,正好用来迎接这位楚楚可怜的客人。我的眼睛稍微适应了黑暗。因为每晚都熟悉,就算在伸手不见五指的地方,我也知道什么东西在哪里。
【日】 「あたしに明りをつけさせて下さい。」娘の腕が思いがけないことを言った。「はじめてうかがったお部屋ですもの。」
【中】 “请让我来开灯吧。”姑娘的胳膊出人意料地说道。“因为是第一次拜访您的房间呀。”
【日】 「どうぞ。それはありがたい。僕以外のものがこの部屋の明りをつけてくれるのは、まったくはじめてだ。」
【中】 “请吧。那太感谢了。除了我之外,有别的东西为这个房间开灯,这可是破天荒头一回。”
【日】 私は娘の片腕を持って、手先きが扉の横のスイッチにとどくようにした。天井の下と、テエブルの上と、ベッドの枕(まくら)もとと、台所と、洗面所のなか と、五つの電灯がいち時についた。私の部屋の電灯はこれほど明るかったのかと、私の目は新しく感じた。
【中】 我托着姑娘的单臂,让她的指尖够到门旁的开关。天花板下、桌子上、床头、厨房、洗脸间,五盏电灯同时亮了。原来我房间的灯有这么亮吗,我的眼睛产生了一种崭新的感觉。
【日】 ガラスびんの泰山木が大きい花をいっぱいに開いていた。今朝はつぼみであった。開いて間もないはずなのに、テエブルの上にしべを落ち散らばらせていた。 それが私はふしぎで、白い花よりもこぼれたしべをながめた。しべを一つ二つつまんでながめていると、テエブルの上においた娘の腕が指を尺取虫のように伸び 縮みさせて動いて来て、しべを拾い集めた。私は娘の手のなかのしべを受け取ると、屑籠(くずかご)へ捨てに立って行った。
【中】 玻璃瓶里的泰山木绽放出了硕大的花朵。今早还是花蕾。明明才刚开不久,桌子上却散落着掉落的花蕊。我感到很不可思议,与其看那白花,反而盯着散落的花蕊看。我捏起一两根花蕊端详时,放在桌上的姑娘的胳膊,手指像尺蠖一样伸缩着挪动过来,把花蕊捡拢到了一起。我从姑娘手中接过花蕊,站起身走到字纸篓旁扔掉。
【日】 「きついお花の匂いが肌にしみるわ。助けて……。」と娘の腕が私を呼んだ。
【中】 “浓烈的花香刺痛了我的肌肤。救救我……”姑娘的胳膊呼唤我。
【日】 「ああ。ここへ来る道で窮屈な目にあわせて、くたびれただろう。しばらく静かにやすみなさい。」とベッドの上に娘の腕を横たえて、私もそばに腰をかけた。 そして娘の腕をやわらかくなでた。
【中】 “啊。来这里的路上让你受委屈了,一定很累吧。安静地休息一会儿吧。”我把姑娘的胳膊平放在床上,自己也在旁边坐下。然后轻柔地抚摸着姑娘的胳膊。
【日】 「きれいで、うれしいわ。」娘の腕がきれいと言ったのは、ベッド・カバアのことだろう。水色の地に三色の花模様があった。孤独の男には派手過ぎるだろう。 「このなかで今晩おとまりするのね。おとなしくしていますわ。」
【中】 “真漂亮,好开心。”姑娘的胳膊说漂亮的,大概是指床罩。水蓝色的底子上印有三色的花纹。对于一个孤独的男人来说,可能太花哨了些。“今晚我就睡在这里面吧。我会乖乖的哦。”
【日】 「そう?」
【中】 “是吗?”
【日】 「おそばに寄りそって、おそばになんにもいないようにしてますわ。」
【中】 “我会依偎在您身边,假装您身边什么都没有一样。”
【日】 そして娘の手がそっと私の手を握った。娘の指の爪(つめ)はきれいにみがいて薄い石竹色に染めてあるのを私は見た。指さきより長く爪はのばしてあった。
【中】 随后姑娘的手轻轻握住了我的手。我看到姑娘的手指甲打磨得很漂亮,染成了淡淡的石竹色。指甲留得比指尖还要长。
【日】 私の短くて幅広くて、そして厚ごわい爪に寄り添うと、娘の爪は人間の爪でないかのように、ふしぎな形の美しさである。女はこんな指の先きでも、人間であ ることを超克しようとしているのか。あるいは、女であることを追究しようとしているのか。うち側のあやに光る貝殻、つやのただよう花びらなどと、月並みな 形容が浮んだものの、たしかに娘の爪に色と形の似た貝殻や花びらは、今私には浮んで来なくて、娘の手の指の爪は娘の手の指の爪でしかなかった。脆(もろ) く小さい貝殻や薄く小さい花びらよりも、この爪の方が透き通るように見える。そしてなによりも、悲劇の露と思える。娘は日ごと夜ごと、女の悲劇の美をみが くことに丹精をこめて来た。それが私の孤独にしみる。私の孤独が娘の爪にしたたって、悲劇の露とするのかもしれない。
【中】 与我那短宽且粗厚的指甲靠在一起,姑娘的指甲简直像不是人类的指甲一样,透着一种奇特形态的美。女人即便是这小小的指尖,也想努力超越人类的局限吗?亦或是在执着地追求身为女人的极致?内侧闪耀着斑斓光泽的贝壳、泛着光泽的花瓣……脑海中虽然浮现出这些老套的形容,但确切地说,无论是颜色还是形状与姑娘指甲相似的贝壳或花瓣,此刻我一个也想不起来,姑娘手指的指甲,仅仅就是姑娘手指的指甲。比起脆弱的小贝壳或轻薄的小花瓣,这指甲显得更加晶莹剔透。而且最重要的是,它让人觉得是悲剧的露珠。姑娘日日夜夜,倾尽心血地打磨着女人这悲剧之美。这深深地渗透进我的孤独之中。也许是我的孤独滴落在姑娘的指甲上,化作了悲剧的露珠。
【日】 私は娘の手に握られていない方の手の、人差し指に娘の小指をのせて、その細長い爪を親指の腹でさすりながら見入っていた。いつとなく私の人差し指は娘の 爪の廂(ひさし)にかくれた、小指のさきにふれた。ぴくっと娘の指が縮まった。肘(ひじ)もまがった。
【中】 我没被姑娘握住的那只手,用食指托起姑娘的小指,用拇指的指腹抚摩着那细长的指甲,看得出了神。不知不觉间,我的食指触碰到了藏在姑娘指甲如帽檐般遮盖下的小指尖。姑娘的手指猛地缩了一下。手肘也弯曲了。
【日】 「あっ、くすぐったいの?」と私は娘の片腕に言った。「くすぐったいんだね。」
【中】 “啊,觉得痒吗?”我对姑娘的单臂说道,“原来你会觉得痒啊。”
【日】 うかつなことをつい口に出したものである。爪を長くのばした女の指さきはくすぐったいものと、私は知っている、つまり私はこの娘のほかの女をかなりよく 知っていると、娘の片腕に知らせてしまったわけである。
【中】 我无意中说出了一句大意的话。留着长指甲的女人的指尖是很怕痒的,我知道这件事,就等于是在向姑娘的单臂宣告:除了这位姑娘,我对其他女人相当了解。
【日】 私にこの片腕を一晩貸してくれた娘にくらべて、ただ年上と言うより、もはや男に慣れたと言う方がよさそうな女から、このような爪にかくれた指さきはくす ぐったいのを、私は前に聞かされたことがあったのだ。長い爪のさきでものにさわるのが習わしになっていて、指さきではさわらないので、なにかが触れるとく すぐったいと、その女は言った。
【中】 与借给我一只胳膊一晚的姑娘相比,那个女人与其说只是年纪大些,不如说是早已习惯了男人。这种藏在指甲下的指尖很怕痒,我以前曾听那个女人说起过。因为习惯了用长指甲的尖端去触碰东西,不用指尖,所以一旦碰到什么,就会觉得痒,那个女人是这么说的。
【日】 「ふうん。」私は思わぬ発見におどろくと、女はつづけて、
【中】 “哦。”当我为这意外的发现感到惊讶时,女人接着说:
【日】 「食べものごしらえでも、食べるものでも、なにかちょっと指さきにさわると、あっ、不潔っと、肩までふるえが来ちゃうの。そうなのよ、ほんとうに……。」
【中】 “无论是做饭还是吃东西,一旦有什么稍微碰到指尖,‘啊,好脏’,就会一直哆嗦到肩膀。真的是这样哦……”
【日】 不潔とは、食べものが不潔になるというのか、爪さきが不潔になるというのか。おそらく、指さきになにがさわっても、女は不潔感にわななくのであろう。女 の純潔の悲劇の露が、長い爪の陰にまもられて、指さきにひとしずく残っている。
【中】 所谓的脏,是指食物变脏了,还是指尖变脏了呢?恐怕只要指尖碰到什么东西,女人就会因为不洁感而战栗吧。女人纯洁的悲剧之露,被守护在长指甲的阴影下,在指尖上残存了一滴。
【日】 女の手の指さきをさわりたくなった、誘惑は自然であったけれども、私はそれだけはしなかった。私自身の孤独がそれを拒んだ。からだの、どこかにさわられ てもくすぐったいところは、もうほとんどなくなっているような女であった。
【中】 想要去触摸那女人手指尖的诱惑,虽然是很自然地生出,但我唯独没有那么做。是我自身的孤独拒绝了。那是一个无论触碰身体哪里,几乎都已经不再觉得痒的女人了。
【日】 片腕を貸してくれた娘には、さわられてくすぐったいところが、からだじゅうにあまたあるだろう。そういう娘の手の指さきをくすぐっても、私は罪悪とは思 わなくて、愛玩(あいがん)と思えるかもしれない。しかし娘は私にいたずらをさせるために、片腕を貸してくれたのではあるまい。私が喜劇にしてはいけな い。
【中】 借给我单臂的姑娘,全身一定还有许多被触碰就会觉得痒的地方吧。若是去挠那种姑娘的手指尖,我也许不会觉得是罪恶,反而会视为一种爱玩吧。但是,姑娘并非为了让我恶作剧才借给我单臂的。我不能把它变成一出喜剧。
【日】 「窓があいている。」と私は気がついた。ガラス戸はしまっているが、カアテンがあいている。
【中】 “窗户开着。”我注意到了。虽然玻璃窗关着,但窗帘是拉开的。
【日】 「なにかがのぞくの?」と娘の片腕が言った。
【中】 “有什么在偷看吗?”姑娘的单臂问。
【日】 「のぞくとしたら、人間だね。」
【中】 “如果要偷看的话,就是人类了吧。”
【日】 「人間がのぞいても、あたしのことは見えないわ。のぞき見するものがあるとしたら、あなたの御自分でしょう。」
【中】 “就算人类来偷看,也看不见我的。如果有东西在偷窥,那只能是您自己吧。”
【日】 「自分……? 自分てなんだ。自分はどこにあるの?」
【中】 “自己……?自己是什么。自己究竟在哪里?”
【日】 「自分は遠くにあるの。」と娘の片腕はなぐさめの歌のように、「遠くの自分をもとめて、人間は歩いてゆくのよ。」
【中】 “自己存在于遥远的地方。”姑娘的单臂犹如一首抚慰的歌,“为了寻找遥远的自己,人类才会不断前行。”
【日】 「行き着けるの?」
【中】 “能到达吗?”
【日】 「自分は遠くにあるのよ。」娘の腕はくりかえした。
【中】 “自己存在于遥远的地方哦。”姑娘的胳膊重复道。
【日】 ふと私には、この片腕とその母体の娘とは無限の遠さにあるかのように感じられた。この片腕は遠い母体のところまで、はたして帰り着けるのだろうか。私は この片腕を遠い娘のところまで、はたして返しに行き着けるのだろうか。娘の片腕が私を信じて安らかなように、母体の娘も私を信じてもう安らかに眠っている だろうか。右腕のなくなったための違和、また凶夢はないか。娘は右腕に別れる時、目に涙が浮ぶのをこらえていたようではなかったか。片腕は今私の部屋に来 ているが、娘はまだ来たことがない。
【中】 恍惚间,我感觉这只单臂与作为母体的姑娘似乎隔着无限遥远的距离。这只单臂究竟能不能回到遥远的母体那里呢?我又究竟能不能把这只单臂送还到遥远的姑娘那里呢?正如姑娘的单臂信任我而安然处之,作为母体的姑娘是否也信任我,已经安然入睡了呢?会不会因为失去了右臂而感到不适,或是做噩梦呢?姑娘在与右臂分别时,不是还强忍着快要涌出的眼泪吗?如今单臂已经来到了我的房间,姑娘却还从未涉足。
【日】 窓ガラスは湿気に濡(ぬ)れ曇っていて、蟾蜍(ひきがえる)の腹皮を張ったようだ。霧雨を空中に静止させたようなもやで、窓のそとの夜は距離を失い、無 限の距離につつまれていた。家の屋根も見えないし、車の警笛も聞えない。
【中】 窗玻璃被湿气弄得潮湿模糊,就像蒙上了一层蟾蜍的肚皮。那雾气仿佛是将毛毛细雨静止在半空中,窗外的黑夜因此失去了距离感,被包围在无限的距离之中。既看不见别人家的屋顶,也听不见汽车的鸣笛声。
【日】 「窓をしめる。」と私はカアテンを引こうとすると、カアテンもしめっていた。窓ガラスに私の顔がうつっていた。私のいつもの顔より若いかに見えた。しかし 私はカアテンを引く手をとどめなかった。私の顔は消えた。
【中】 “关上窗吧。”我正准备拉上窗帘,却发现窗帘也有些潮湿。窗玻璃上映出了我的脸。看起来似乎比平时要年轻些。但我拉窗帘的手并没有停下。我的脸消失了。
【日】 ある時、あるホテルで見た、九階の客室の窓がふと私の心に浮んだ。裾(すそ)のひらいた赤い服の幼い女の子が二人、窓にあがって遊んでいた。同じ服の同 じような子だから、ふた子かもしれなかった。西洋人の子どもだった。二人の幼い子は窓ガラスを握りこぶしでたたいたり、窓ガラスに肩を打ちつけたり、相手 を押し合ったりしていた。母親は窓に背を向けて、編みものをしていた。窓の大きい一枚ガラスがもしわれるかはずれかしたら、幼い子は九階から落ちて死ぬ。 あぶないと見たのは私で、二人の子もその母親もまったく無心であった。しっかりした窓ガラスに危険はないのだった。
【中】 我脑海中忽然浮现出以前在某家酒店看到的九楼客房的窗户。两个穿着裙摆飘逸的红色衣服的幼女,爬到窗台上玩耍。衣服一样,长得也像,也许是双胞胎。是外国的小孩。两个幼女用拳头敲打着窗玻璃,或是用肩膀撞击玻璃,互相推搡着。母亲则背对窗户在织毛衣。那扇巨大的单片窗玻璃一旦破裂或脱落,孩子们就会从九楼摔死。只有我觉得危险,两个孩子和她们的母亲却毫无防备之心。那坚固的窗玻璃其实根本没有危险。
【日】 カアテンを引き終って振り向くと、ベッドの上から娘の片腕が、
「きれいなの。」と言った。カアテンがベッド・カバアと同じ花模様の布だからだろう。
【中】 拉好窗帘回过头,床上的姑娘的单臂说道:
“真漂亮。”大概是因为窗帘和床罩是同样花纹的布料吧。
【日】 「そう? 日にあたって色がさめた。もうくたびれているんだよ。」私はベッドに腰かけて、娘の片腕を膝(ひざ)にのせた。「きれいなのは、これだな。こん なきれいなものはないね。」
【中】 “是吗?日晒都褪色了。早就旧了。”我在床边坐下,把姑娘的单臂放在膝盖上。“漂亮的,是这个啊。再没有这么漂亮的东西了。”
【日】 そして、私は右手で娘のたなごころと握り合わせ、左手で娘の腕のつけ根を持って、ゆっくりとその腕の肘(ひじ)をまげてみたり、のばしてみたりした。く りかえした。
【中】 然后,我用右手握住姑娘的手心,左手托住姑娘胳膊的根部,慢慢地试着将手肘弯曲,又伸直。反复如此。
【日】 「いたずらっ子ねえ。」と娘の片腕はやさしくほほえむように言った。「こんなことなさって、おもしろいの?」
【中】 “真是个淘气包呢。”姑娘的单臂像是温柔地微笑着说道。“做这种事,觉得好玩吗?”
【日】 「いたずらなもんか。おもしろいどころじゃない。」ほんとうに娘の腕には、ほほえみが浮んで、そのほほえみは光りのように腕の肌をゆらめき流れた。娘の頬 (ほお)のみずみずしいほほえみとそっくりであった。
【中】 “这怎么是恶作剧。岂止是好玩。”姑娘的胳膊上真的浮现出了微笑,那微笑如光芒般在胳膊的肌肤上摇曳流淌。和姑娘脸颊上水润的微笑如出一辙。
【日】 私は見て知っている。娘はテエブルに両肘を突いて、両手の指を浅く重ねた上に、あごをのせ、また片頬をおいたことがあった。若い娘としては品のよくない 姿のはずだが、突くとか重ねるとか置くとかいう言葉はふさわしくない、軽やかな愛らしさである。腕のつけ根の円みから、手の指、あご、頬、耳、細長い首、 そして髪までが一つになって、楽曲のきれいなハアモニイである。娘はナイフやフォウクを上手に使いながら、それを握った指のうちの人差し指と小指とを、折 り曲げたまま、ときどき無心にほんの少し上にあげる。食べものを小さい唇(くちびる)に入れ、噛(か)んで、呑(の)みこむ、この動きも人間がものを食っ ている感じではなくて、手と顔と咽(のど)とが愛らしい音楽をかなでていた。娘のほほえみは腕の肌にも照り流れるのだった。
【中】 我曾经见过,所以知道。姑娘曾将双肘撑在桌上,双手的手指浅浅地交叠,下巴搭在上面,或是将一侧脸颊贴在上面。对于年轻女孩来说,这本是不雅的姿势,但用“撑”、“交叠”、“贴”这样的词都不合适,那是一种轻盈的可爱。从胳膊根部的圆润,到手指、下巴、脸颊、耳朵、细长的脖颈,再到头发,融为一体,宛如一段优美的乐曲和声。姑娘熟练地使用着刀叉,握着餐具的手指中,食指和小指保持弯曲的姿态,有时会无意识地微微翘起。把食物送进小嘴里,咀嚼,吞咽,这些动作也不像是人类在进食,而是手、脸和喉咙在共同演奏一曲可爱的音乐。姑娘的微笑也会在胳膊的肌肤上闪耀流转。
【日】 娘の片腕がほほえむと見えたのは、その肘を私がまげたりのばしたりするにつれて、娘の細く張りしまった腕の筋肉が微妙な波に息づくので、微妙な光りとか げとが腕の白くなめらかな肌を移り流れるからだ。さっき、私の指が娘の長い爪(つめ)のかげの指さきにふれて、ぴくっと娘の腕が肘を折り縮めた時、その腕 に光りがきらめき走って、私の目を射たものだった。それで私は娘の肘をまげてみているので、決していたずらではなかった。肘をまげ動かすのを、私はやめ て、のばしたままじっと膝においてながめても、娘の腕にはういういしい光りとかげとがあった。
【中】 姑娘的单臂之所以看起来像在微笑,是因为随着我弯曲或伸直她的手肘,姑娘纤细紧致的胳膊肌肉也会如微妙的波浪般律动,所以微妙的光与影就会在胳膊洁白光滑的肌肤上流转。刚才,我的手指触碰到姑娘长指甲遮掩下的指尖,姑娘的胳膊猛地一缩弯起手肘时,那条胳膊上就闪过一道光,刺入了我的眼睛。正因如此,我才试着去弯曲姑娘的手肘,这绝不是在恶作剧。就算我停止弯曲手肘,只是让它伸直静静地放在膝盖上凝视,姑娘的胳膊上依然存在着那娇嫩的光与影。
【日】 「おもしろいいたずらと言うなら、僕の右腕とつけかえてみてもいいって、ゆるしを受けて来たの、知ってる?」と私は言った。
【中】 “如果要说是好玩的恶作剧,我可是得到允许,可以把我的右臂和你替换一下试试的,你知道吗?”我说。
【日】 「知ってますわ。」と娘の右腕は答えた。
【中】 “我知道哦。”姑娘的右臂回答。
【日】 「それだっていたずらじゃないんだ。僕は、なんかこわいね。」
【中】 “即便如此也不是恶作剧。我,觉得有些害怕呢。”
【日】 「そう?」
【中】 “是吗?”
【日】 「そんなことしてもいいの」
【中】 “真的可以那么做吗?”
【日】 「いいわ」
【中】 “可以哦。”
【日】 「…………。」私は娘の腕の声を、はてなと耳に入れて、「いいわ、って、もう一度……。」
【中】 “……”我带着疑问听着姑娘胳膊的声音,“那句‘可以哦’,再说一次……”
【日】 「いいわ。いいわ。」
【中】 “可以哦。可以的。”
【日】 私は思い出した。私に身をまかせようと覚悟をきめた、ある娘の声に似ているのだ。片腕を貸してくれた娘ほどには、その娘は美しくなかった。そして異常で あったかもしれない。
【中】 我想起来了。这声音,很像某个下定决心要将身体交托给我的女孩的声音。那个女孩并没有借给我单臂的姑娘漂亮。而且,也许有些不正常。
【日】 「いいわ。」とその娘は目をあけたまま私を見つめた。私は娘の上目(うわま)ぶたをさすって、閉じさせようとした。娘はふるえ声で言った。
「(イエスは涙をお流しになりました。《ああ、なんと、彼女を愛しておいでになったことか。》とユダヤ人たちは言いました。)」
【中】 “可以哦。”那个女孩睁着眼睛注视着我。我抚摸着她的上眼睑,想让她闭上眼。女孩用颤抖的声音说道:
“(耶稣流泪了。犹太人便说:‘看哪,他有多么爱她啊!’)”
【日】 「…………。」
【中】 “……”
【日】 「彼女」は「彼」の誤りである。死んだラザロのことである。女である娘は「彼」を「彼女」とまちがえておぼえていたのか、あるいは知っていて、わざと「彼 女」と言い変えたのか。
【中】 这里的“她”其实是错的,应该是“他”。指的是死去的拉撒路。作为女人的她,是错把“他”记成了“她”,还是明明知道却故意说成“她”的呢。
【日】 私は娘のこの場にあるまじい、唐突で奇怪な言葉に、あっけにとられた。娘のつぶった目ぶたから涙が流れ出るかと、私は息をつめて見た。
【中】 我被女孩这不合时宜、唐突而奇怪的话惊呆了。我屏息看着,以为闭着眼睛的女孩会流出眼泪。
【日】 娘は目をあいて胸を起こした。その胸を私の腕が突き落とした。
【中】 女孩睁开眼睛,挺起胸膛。我的手臂将她的胸膛猛地按了下去。
【日】 「いたいっ。」と娘は頭のうしろに手をやった。「いたいわ。」
【中】 “好痛。”女孩把手伸向脑后,“好痛啊。”
【日】 白いまくらに血が小さくついていた。私は娘の髪をかきわけてさぐった。血のしずくがふくらみ出ているのに、私は口をつけた。
【中】 白色的枕头上沾了一小点血迹。我拨开女孩的头发摸索。我将嘴唇贴在了正在渗出血珠的地方。
【日】 「いいのよ。血はすぐ出るのよ、ちょっとしたことで。」娘は毛ピンをみな抜いた。毛ピンが頭に刺さったのであった。
【中】 “没关系的。很容易出血的,稍微碰一下就会。”女孩把发夹全拔了下来。原来是发夹扎到了头。
【日】 娘は肩が痙攣(けいれん)しそうにしてこらえた。
【中】 女孩强忍着似乎就要痉挛的肩膀。
【日】 私は女の身をまかせる気もちがわかっているようながら、納得しかねるものがある。身をまかせるのをどんなことと、女は思っているのだろうか。自分からそ れを望み、あるいは自分から進んで身をまかせるのは、なぜなのだろうか。女のからだはすべてそういう風にできていると、私は知ってからも信じかねた。この 年になっても、私はふしぎでならない。そしてまた、女のからだと身をまかせようとは、ひとりひとりちがうと思えばちがうし、似ていると思えば似ているし、 みなおなじと思えばおなじである。これも大きいふしぎではないか。私のこんなふしぎがりようは、年よりもよほど幼い憧憬かもしれないし、年よりも老けた失 望かもしれない。心のびっこではないだろうか。
【中】 我虽然自诩懂得女人献身时的心情,但总有难以释怀之处。献出身体,女人究竟是怎么看待这件事的呢?自己渴望如此,或是主动去献身,到底是为什么呢?即便我知道女人的身体生来便是如此,却依然难以置信。都到了这把年纪,我还是觉得不可思议。而且,女人的身体与献身这回事,若觉得各不相同便是不同,若觉得相似便是相似,若觉得全都一样便是一样。这难道不是极大的不可思议吗。我如此的大惊小怪,或许是远比我年龄更幼稚的憧憬,又或许是远比我年龄更衰老的失望。这难道不是心理上的跛足吗。
【日】 その娘のような苦痛が、身をまかせるすべての女にいつもあるものではなかった。その娘にしてもあの時きりであった。銀のひもは切れ、金の皿はくだけた。
【中】 那女孩所经历的痛苦,并不是所有献身的女人每次都会有的。即便对那女孩而言,也仅有那一次。银链折断,金罐破裂。
【日】 「いいわ。」と娘の片腕の言ったのが、私にその娘を思い出させたのだけれども、片腕のその声とその娘の声とは、はたして似ているのだろうか。おなじ言葉を 言ったので、似ているように聞えたのではなかったか。おなじ言葉を言ったにしても、それだけが母体を離れて来た片腕は、その娘とちがって自由なのではない か。またこれこそ身をまかせたというもので、片腕は自制も責任も悔恨もなくて、なんでも出来るのではないか。しかし、「いいわ。」と言う通りに、娘の右腕 を私の右腕とつけかえたりしたら、母体の娘は異様な苦痛におそわれそうにも、私には思えた。
【中】 虽然姑娘的单臂说的一句“可以哦”,让我想起了那个女孩,但单臂的声音和那个女孩的声音,真的相似吗?难道不是因为说了同样的话,才听起来相似吗?就算说了同样的话,仅凭脱离母体来到此地的这只单臂,难道不像那个女孩那样自由吗?更进一步说,这才是真正的献身,单臂没有自制、没有责任、没有悔恨,什么都可以做吧。但是,如果真的如它所说“可以哦”,把姑娘的右臂和我的右臂替换,我觉得作为母体的姑娘似乎会遭到异常的痛苦。
【日】 私は膝においた娘の片腕をながめつづけていた。肘の内側にほのかな光りのかげがあった。それは吸えそうであった。私は娘の腕をほんの少しまげて、その光 りのかげをためると、それを持ちあげて、唇をあてて吸った。
【中】 我一直凝视着放在膝盖上的姑娘的单臂。手肘内侧有一层淡淡的光影。那似乎是可以吸吮的。我将姑娘的胳膊稍微弯曲,让那光影聚积起来,然后抬起它,将嘴唇贴上去吸吮。
【日】 「くすぐったいわ。いたずらねえ。」と娘の腕は言って、唇をのがれるように、私の首に抱きついた。
【中】 “好痒啊。真淘气。”姑娘的胳膊说着,仿佛为了逃避我的嘴唇一般,搂住了我的脖子。
【日】 「いいものを飲んでいたのに……。」と私は言った。
【中】 “我本来在喝好东西呢……”我说。
【日】 「なにをお飲みになったの?」
【中】 “您喝了什么?”
【日】 「…………。」
【中】 “……”
【日】 「なにをお飲みになったの?」
【中】 “您喝了什么?”
【日】 「光りの匂(にお)いかな、肌の。」
【中】 “肌肤上光芒的气味吧。”
【日】 そとのもやはなお濃くなっているらしく、花びんの泰山木(たいさんぼく)の葉までしめらせて来るようであった。ラジオはどんな警告を出しているだろう。 私はベッドから立って、テエブルの上の小型ラジオの方に歩きかけたがやめた。娘の片腕に首を抱かれてラジオを聞くのはよけいだ。しかし、ラジオはこんなこ とを言っているように思われた。たちの悪い湿気で木の枝が濡れ、小鳥のつばさや足も濡れ、小鳥たちはすべり落ちていて飛べないから、公園などを通る車は小 鳥をひかぬように気をつけてほしい。もしなまあたたかい風が出ると、もやの色が変るかもしれない。色の変ったもやは有害で、それが桃色になったり紫色に なったりすれば、外出はひかえて、戸じまりをしっかりしなければならない。
【中】 外面的雾气似乎更浓了,甚至好像连花瓶里泰山木的叶子都被打湿了。收音机会发出什么样的警告呢。我从床上站起,本想朝桌上的小型收音机走去,但又放弃了。被姑娘的单臂搂着脖子听收音机,实在多余。但我总觉得收音机在播报这样的内容:因这恶劣的湿气,树枝被打湿了,小鸟的翅膀和爪子也被打湿了,小鸟们不断滑落无法飞翔,请路过公园等地的车辆注意不要碾压到小鸟。如果刮起温热的风,雾气的颜色可能会改变。变色的雾气是有害的,如果变成粉色或紫色,必须避免外出,锁紧门窗。
【日】 「もやの色が変る? 桃色か紫色に?」と私はつぶやいて、窓のカアテンをつまむと、そとをのぞいた。もやがむなしい重みで押しかかって来るようであった。 夜の暗さとはちがう薄暗さが動いているようなのは、風が出たのであろうか。もやの厚みは無限の距離がありそうだが、その向うにはなにかすさまじいものが渦 巻いていそうだった。
【中】 “雾的颜色会变?变成粉色或紫色?”我喃喃自语,捏着窗帘朝外看去。雾气带着虚无的重量压迫而来。不同于夜晚的黑暗,仿佛有一种幽暗在涌动,是起风了吗?雾的厚度似乎有着无限的距离,而在那尽头,似乎有什么可怕的东西在翻卷着。
【日】 さっき、娘の右腕を借りて帰る道で、朱色の服の女の車が、前にもうしろにも、薄むらさきの光りをもやのなかに浮べて通ったのを、私は思い出した。紫色で あった。もやのなかからぼうっと大きく薄むらさきの目玉が追って来そうで、私はあわててカアテンをはなした。
【中】 刚才,借了姑娘右臂回来的路上,穿朱红色衣服的女人的汽车,在浓雾中浮现出前后淡紫色的光芒驶过的景象,我想起来了。是紫色。仿佛从雾气中会有一个巨大的、幽暗的淡紫色眼球追过来似的,我慌忙松开了窗帘。
【日】 「寝ようか。僕らも寝ようか。」
この世に起きている人はひとりもないようなけはいだった。こんな夜に起きているのはおそろしいことのようだ。
【中】 “睡觉吧。我们也睡吧。”
周遭的动静让人觉得世上已经没有一个醒着的人了。在这样的夜晚还醒着,似乎是件可怕的事。
【日】 私は首から娘の腕をはずしてテエブルにおくと、新しい寝間着に着かえた。寝間着はゆかたであった。娘の片腕は私が着かえるのを見ていた。私は見られてい るはにかみを感じた。この自分の部屋で寝間着に着かえるところを女に見られたことはなかった。
【中】 我从脖子上解下姑娘的胳膊放在桌上,换上了新的睡衣。睡衣是浴衣。姑娘的单臂看着我换衣服。我感到一种被注视的羞涩。在自己这间屋里换睡衣,还从未被女人看见过。
【日】 娘の片腕をかかえて、私はベッドにはいった。娘の腕の方を向いて、胸寄りにその指を軽く握った。娘の腕はじっとしていた。
【中】 我抱着姑娘的单臂上了床。我面向姑娘胳膊的方向,将它贴近胸口,轻轻握住它的手指。姑娘的胳膊一动不动。
【日】 小雨のような音がまばらに聞えた。もやが雨に変ったのではなく、もやがしずくになって落ちるのか、かすかな音であった。
【中】 稀稀落落地传来类似小雨的声音。并不是雾变成了雨,而是雾凝结成水珠落下的声音吗,很微弱。
【日】 娘の片腕は毛布のなかで、また指が私の手のひらのなかで、あたたまって来るのが私にわかったが、私の体温にはまだとどかなくて、それが私にはいかにも静 かな感じであった。
【中】 姑娘的单臂在毛毯里,手指在我的手心中,我能感觉到它渐渐暖和起来,但仍未达到我的体温,这让我感到十分安宁。
【日】 「眠ったの?」
【中】 “睡着了吗?”
【日】 「いいえ。」と娘の腕は答えた。
【中】 “没有。”姑娘的胳膊回答。
【日】 「動かないから、眠っているのかと思った。」
【中】 “因为一动不动,我还以为你睡着了。”
【日】 私はゆかたをひらいて、娘の腕を胸につけた。あたたかさのちがいが胸にしみた。むし暑いようで底冷たいような夜に、娘の腕の肌ざわりはこころよかった。
【中】 我敞开浴衣,将姑娘的胳膊贴在胸前。温度的差异渗入胸口。在这个既闷热又透着丝丝寒意的夜晚,姑娘胳膊的触感令人惬意。
【日】 部屋の電灯はみなついたままだった。ベッドにはいる時消すのを忘れた。
【中】 房间里的电灯全都亮着。上床时忘了关。
【日】 「そうだ。明りが……。」と起きあがると、私の胸から娘の片腕が落ちた。
【中】 “对了。灯还没……”我一坐起来,姑娘的单臂从我胸前滑落。
【日】 「あ。」私は腕を拾い持って、「明りを消してくれる?」
【中】 “啊。”我捡起胳膊,“能帮我关灯吗?”
【日】 そして扉へ歩きながら、「暗くして眠るの? 明りをつけたまま眠るの?」
【中】 边走向门边问:“你是喜欢黑着灯睡?还是开着灯睡?”
【日】 「…………。」
【中】 “……”
【日】 娘の片腕は答えなかった。腕は知らぬはずはないのに、なぜ答えないのか。私は娘の夜の癖を知らない。明りをつけたままで眠っているその娘、また暗がりの なかで眠っているその娘を、私は思い浮べた。右腕のなくなった今夜は、明るいままにして眠っていそうである。私も明りをなくするのがふと惜しまれた。もっ と娘の片腕をながめていたい。先きに眠った娘の腕を、私が起きていてみたい。しかし娘の腕は扉の横のスイッチを切る形に指をのばしていた。
【中】 姑娘的单臂没有回答。胳膊不可能不知道,为什么不回答呢。我不知道姑娘夜晚的习惯。我脑海中浮现出开着灯睡觉的姑娘,以及在黑暗中入睡的姑娘。今夜失去了右臂,似乎会开着灯入睡吧。我突然也有些舍不得把灯关掉。我想再多看看姑娘的单臂。我想醒着看着先入睡的姑娘的胳膊。然而,姑娘的胳膊却伸出手指,做出了关掉门旁开关的姿势。
【日】 闇(やみ)のなかを私はベッドにもどって横たわった。娘の片腕を胸の横に添い寝させた。腕の眠るのを待つように、じっとだまっていた。娘の腕はそれがも の足りないのか、闇がこわいのか、手のひらを私の胸の脇(わき)にあてていたが、やがて五本の指を歩かせて私の胸の上にのぼって来た。おのずと肘(ひじ) がまがって私の胸に抱きすがる恰好(かっこう)になった。
【中】 我在黑暗中摸索着回到床上躺下。让姑娘的单臂贴着我的胸口陪我睡。我默默地屏住呼吸,仿佛在等待胳膊入睡。不知是觉得不够满足,还是害怕黑暗,原本把手心贴在我胸口侧面的姑娘的胳膊,不久便让五根手指像走路一样爬上了我的胸膛。手肘自然弯曲,成了紧紧抱住我胸膛的姿势。
【日】 娘のその片腕は可愛(かわい)い脈を打っていた。娘の手首は私の心臓の上にあって、脈は私の鼓動とひびき合った。娘の腕の脈の方が少しゆっくりだった が、やがて私の心臓の鼓動とまったく一致して来た。私は自分の鼓動しか感じなくなった。どちらが早くなったのか、どちらがおそくなったのかわからない。
【中】 姑娘的那只单臂跳动着可爱的脉搏。姑娘的手腕压在我的心脏上,脉搏与我的心跳产生共鸣。姑娘胳膊的脉搏本来稍微慢一些,但渐渐地与我的心跳完全一致了。我只能感觉到自己的心跳了。不知是哪边变快了,还是哪边变慢了。
【日】 手首の脈搏(みゃくはく)と心臓の鼓動とのこの一致は、今が娘の右腕と私の右腕とをつけかえてみる、そのために与えられた短い時なのかもしれぬ。いや、 ただ娘の腕が寝入ったというしるしであろうか。失心する狂喜に酔わされるよりも、そのひとのそばで安心して眠れるのが女はしあわせだと、女が言うのを私は 聞いたことがあるけれども、この娘の片腕のように安らかに私に添い寝した女はなかった。
【中】 手腕脉搏与心脏跳动的这种一致,或许正昭示着现在便是试着将姑娘的右臂与我的右臂替换一下,为此而赐予的短暂时刻。不,或者这仅仅是姑娘的胳膊已经入睡的标志吧。我曾听女人说过,与其沉醉于令人丧失心智的狂喜,不如安心在心爱之人身边睡去更令女人感到幸福,但像这只姑娘的单臂这般安详地陪我入睡的女人,还从来没有过。
【日】 娘の脈打つ手首がのっているので、私は自分の心臓の鼓動を意識する。それが一つ打って次のを打つ、そのあいだに、なにかが遠い距離を素早く行ってはも どって来るかと私には感じられた。そんな風に鼓動を聞きつづけるにつれて、その距離はいよいよ遠くなりまさるようだ。そしてどこまで遠く行っても、無限の 遠くに行っても、その行くさきにはなんにもなかった。なにかにとどいてもどって来るのではない。次ぎに打つ鼓動がはっと呼びかえすのだ。こわいはずだがこ わさはなかった。しかし私は枕(まくら)もとのスイッチをさぐった。
【中】 因为搭着姑娘跳动着脉搏的手腕,所以我意识到了自己的心跳。在心跳响过一声到跳下一声之间,我感觉仿佛有什么东西迅速前往遥远的距离又折返回来。随着我这样一直听着心跳,那个距离似乎变得越来越远。然而,无论走得多远,哪怕去到无限遥远的地方,前方也一无所有。并不是触碰到什么才折返的。而是下一声心跳蓦地将其唤回的。本来应该觉得害怕的,但我却没有。即便如此,我还是摸索着床头的开关。
【日】 けれども、明りをつける前に、毛布をそっとまくってみた。娘の片腕は知らないで眠っていた。はだけた私の胸をほの白くやさしい微光が巻いていた。私の胸 からぽうっと浮び出た光りのようであった。私の胸からそれは小さい日があたたかくのぼる前の光りのようであった。
【中】 但是,在开灯之前,我悄悄掀开了毛毯。姑娘的单臂一无所知地沉睡着。敞开的胸膛上,萦绕着一层朦胧洁白且温柔的微光。就像是从我的胸口幽幽浮现的光芒。那仿佛是从我的胸口,一轮小小的太阳温暖升起前散发的光芒。
【日】 私は明りをつけた。娘の腕を胸からはなすと、私は両方の手をその腕のつけ根と指にかけて、真直(まっす)ぐにのばした。五燭(ごしょく)の弱い光りが、 娘の片腕のその円みと光りのかげとの波をやわらかくした。つけ根の円み、そこから細まって二の腕のふくらみ、また細まって肘のきれいな円み、肘の内がわの ほのかなくぼみ、そして手首へ細まってゆく円いふくらみ、手の裏と表から指、私は娘の片腕を静かに廻(まわ)しながら、それにゆらめく光とかげの移りをな がめつづけていた。
【中】 我打开了灯。把姑娘的胳膊从胸前移开,我用双手托着那条胳膊的根部和手指,将其伸直。五烛光的微弱光线,柔化了姑娘单臂上圆润与光影的起伏。根部的圆润,往下变细形成上臂的隆起,再变细形成手肘优美的圆弧,手肘内侧微微的凹陷,然后向手腕渐细而呈现出圆润的隆起,手背、手心到手指,我轻轻地旋转着姑娘的单臂,一直凝视着上面摇曳流转的光与影。
【日】 「これはもうもらっておこう。」とつぶやいたのも気がつかなかった。
【中】 “这个干脆就归我了吧。”连自己喃喃出声都没有察觉。
【日】 そして、うっとりとしているあいだのことで、自分の右腕を肩からはずして娘の右腕を肩につけかえたのも、私はわからなかった。
【中】 接着,在如痴如醉之际,把自己的右臂从肩膀上卸下来,换上姑娘的右臂,这过程我竟也全无知觉。
【日】 「ああっ。」という小さい叫びは、娘の腕の声だったか私の声だったか、とつぜん私の肩に痙攣(けいれん)が伝わって、私は右腕のつけかわっているのを知っ た。
【中】 “啊。”一声小小的惊呼,是姑娘的胳膊发出的,还是我的声音呢?突然,我的肩膀传来一阵痉挛,我这才发觉右臂已经替换了。
【日】 娘の片腕は――今は私の腕なのだが、ふるえて空をつかんだ。私はその腕を曲げて口に近づけながら、
「痛いの? 苦しいの?」
【中】 姑娘的单臂——现在已经是我的手臂了,颤抖着抓向空中。我弯曲那条胳膊,将它靠近嘴边,问道:
“痛吗?难受吗?”
【日】 「いいえ。そうじやない。そうじやないの。」とその腕が切れ切れに早く言ったとたんに、戦慄(せんりつ)の稲妻が私をつらぬいた。私はその腕の指を口にく わえていた。
【中】 “不。不是的。不是那样的。”就在那条胳膊断断续续、急促地说出这句话的瞬间,一道战栗的闪电贯穿了我。我已经将那条胳膊的手指含在了嘴里。
【日】 「…………。」よろこびを私はなんと言ったか、娘の指が舌にさわるだけで、言葉にはならなかった。
【中】 “……”内心的狂喜要怎么表达呢,仅仅是姑娘的手指触碰到舌头,我已经说不出话来了。
【日】 「いいわ。」と娘の腕は答えた。ふるえは勿論(もちろん)とまっていた。
【中】 “可以哦。”姑娘的胳膊回答。颤抖自然已经停止了。
【日】 「そう言われて来たんですもの。でも……。」
【中】 “我就是为了这句话才来的。可是……”
【日】 私は不意に気がついた。私の口は娘の指を感じられるが、娘の右腕の指、つまり私の右腕の指は私の唇(くちびる)や歯を感じられない。私はあわてて右腕を 振ってみたが、腕を振った感じはない。肩のはし、腕のつけ根に、遮断があり、拒絶がある。
【中】 我忽然惊觉。我的嘴能感觉到姑娘的手指,但姑娘右臂的手指,也就是我右臂的手指,却感觉不到我的嘴唇和牙齿。我慌忙甩了甩右臂,却没有甩动手臂的感觉。在肩膀末端、手臂根部,存在着阻断,存在着拒绝。
【日】 「血が通わない。」と私は口走った。「血が通うのか、通わないのか。」
【中】 “血流不通。”我脱口而出。“血到底通,还是不通?”
【日】 恐怖が私をおそった。私はベッドに坐(すわ)っていた。かたわらに私の片腕が落ちている。それが目にはいった。自分をはなれた自分の腕はみにくい腕だ。 それよりもその腕の脈はとまっていないか。娘の片腕はあたたかく脈を打っていたが、私の右腕は冷えこわばってゆきそうに見えた。私は肩についた娘の右腕で 自分の右腕を握った。握ることは出来たが、握った感覚はなかった。
【中】 恐惧向我袭来。我坐在床上。身边掉落着我的一只胳膊。它映入了我的眼帘。离开了自己的我的胳膊,是一条丑陋的胳膊。更重要的是,那条胳膊的脉搏有没有停止?姑娘的单臂曾温暖地跳动着脉搏,而我的右臂看起来却仿佛正在变得冰冷僵硬。我用接在肩膀上的姑娘的右臂握住了自己的右臂。能够握住,却没有握住的感觉。
【日】 「脈はある?」と私は娘の右腕に聞いた。「冷たくなってない?」
【中】 “有脉搏吗?”我问姑娘的右臂。“没有变冷吧?”
【日】 「少うし……。あたしよりほんの少うしね。」と娘の片腕は答えた。「あたしが熱くなったからよ。」
【中】 “有一点……只比我凉那么一点点哦。”姑娘的单臂回答。“是因为我变热了呀。”
【日】 娘の片腕が「あたし」という一人称を使った。私の肩につけられて、私の右腕となった今、はじめて自分のことを「あたし」と言ったようなひびきを、私の耳 は受けた。
【中】 姑娘的单臂使用了“我”这个第一人称。如今接在我的肩膀上,成为我的右臂之后,它第一次称呼自己为“我”,这般声响传到了我的耳中。
【日】 「脈も消えてないね?」と私はまた聞いた。
【中】 “脉搏也没有消失吧?”我又问。
【日】 「いやあね。お信じになれないのかしら……?」
【中】 “真是的。您难道不相信吗……?”
【日】 「なにを信じるの?」
【中】 “相信什么?”
【日】 「御自分の腕をあたしと、つけかえなさったじゃありませんの?」
【中】 “您不是把自己的胳膊和我替换了吗?”
【日】 「だけど血が通うの?」
【中】 “可是血能流通吗?”
【日】 「(女よ、誰をさがしているのか。)というの、ごぞんじ?」
【中】 “(妇人,你在找谁?)这句话,您知道吗?”
【日】 「知ってるよ。(女よ、なぜ泣いているのか。誰をさがしているのか。)」
【中】 “知道啊。(妇人,你为什么哭?你在找谁?)”
【日】 「あたしは夜なかに夢を見て目がさめると、この言葉をよくささやいているの。」
【中】 “我半夜做梦醒来时,经常会低声呢喃这句话。”
【日】 今「あたし」と言ったのは、もちろん、私の右肩についた愛らしい腕の母体のことにちがいない。聖書のこの言葉は、永遠の場で言われた、永遠の声のよう に、私は思えて来た。
【中】 刚才说“我”的,毫无疑问是指接在我右肩上这条可爱的胳膊的母体。圣经中的这句话,让我觉得仿佛是在永恒之所发出的永恒之声。
【日】 「夢にうなされてないかしら、寝苦しくて……。」と私は片腕の母体のことを言った。「そとは悪魔の群れがさまようためのような、もやだ。しかし悪魔だっ て、からだがしっけて、咳(せき)をしそうだ。」
【中】 “会不会被梦魇缠绕,睡不安稳呢……”我指的是单臂的母体。“外面的大雾,就像是让恶魔群游荡的。不过就算是恶魔,身体受潮了,恐怕也会咳嗽吧。”
【日】 「悪魔の咳なんか聞えませんように……。」と娘の右腕は私の右腕を握ったまま、私の右の耳をふさいだ。
【中】 “但愿听不到恶魔的咳嗽声……”姑娘的右臂一边握着我的右臂,一边捂住了我的右耳。
【日】 娘の右腕は、じつは今私の右腕なのだが、それを動かしたのは、私ではなくて、娘の腕のこころのようであった。いや、そう言えるほどの分離はない。
【中】 姑娘的右臂,实际上现在是我的右臂,但驱动它的,似乎并非是我,而是姑娘胳膊的心意。不,其实并没有可以如此区分的界限。
【日】 「脈、脈の音……。」
【中】 “脉搏、脉搏的声音……”
【日】 私の耳は私自身の右腕の脈を聞いた。娘の腕は私の右腕を握ったまま耳へ来たので、私の手首が耳に押しつけられたわけだった。私の右腕には体温もあった。 娘の腕が言った通りに、私の耳や娘の指よりは少うし冷たい。
【中】 我的耳朵听到了我自己右臂的脉搏。姑娘的胳膊握着我的右臂移向耳朵,于是我的手腕便被按在了耳朵上。我的右臂也有体温。正如姑娘的胳膊所说,确实比我的耳朵和姑娘的手指稍微凉一点。
【日】 「魔よけしてあげる……。」といたずらっぽく、娘の小指の小さく長い爪(つめ)が私の耳のなかをかすかに掻(か)いた。私は首を振って避けた。左手、これ はほんとうの私の手で、私の右の手首、じつは娘の右の手首をつかまえた。そして顔をのけぞらせた私に、娘の小指が目についた。
【中】 “我来替你辟邪……”姑娘小指那小巧而修长的指甲,调皮地在我的耳朵里轻轻刮了一下。我摇着头躲开。用左手——这只真正属于我的手,抓住了我的右手腕,也就是姑娘的右手腕。而仰头向后躲的我,视线落在了姑娘的小指上。
【日】 娘の手は四本の指で、私の肩からはずした右腕を握っていた。小指だけは遊ばせているとでもいうか、手の甲の方にそらせて、その爪の先きを軽く私の右腕に 触れていた。しなやかな若い娘の指だけができる、固い手の男の私には信じられぬ形の、そらせようだった。小指のつけ根から、直角に手のひらの方へ曲げてい る。そして次ぎの指関節も直角に曲げ、その次ぎの指関節もまた直角に折り曲げている。そうして小指はおのずと四角を描いている。四角の一辺は紅差し指であ る。
【中】 姑娘的手用四根手指握着我从肩膀上卸下的右臂。唯独小指像是在游荡似的,向手背方向反翘,指甲尖轻轻触碰着我的右臂。那是只有柔韧的年轻少女的手指才能做出的动作,对于手部僵硬的男人来说,那是令人难以置信的扭曲姿态。从小指的根部开始,呈直角向手心方向弯曲。接着下一个指节也呈直角弯曲,再下一个指节依然呈直角折曲。就这样,小指自然而然地描绘出了一个四方形。四方形的其中一条边,就是无名指。
【日】 この四角い窓を、私の目はのぞく位置にあった。窓というにはあまりに小さくて、透き見穴か眼鏡というのだろうが、なぜか私には窓と感じられた。すみれの 花が外をながめるような窓だ。ほのかな光りがあるほどに白い小指の窓わく、あるいは眼鏡の小指のふち、それを私はなお目に近づけた。片方の目をつぶった。
【中】 我的眼睛正好处于窥视这扇四方形窗户的位置。说是窗户实在太小,也许该叫作窥视孔或眼镜,但不知为何,我却觉得它是窗户。那是一扇仿佛能让紫罗兰花眺望外面的窗户。那甚至泛着微光般洁白的小指窗框,或者是小指构成的眼镜边缘,我把它凑近眼睛。闭上了一只眼睛。
【日】 「のぞきからくり……?」と娘の腕は言った。「なにかお見えになります?」
【中】 “是在看西洋景吗……?”姑娘的胳膊说道,“您能看见什么?”
【日】 「薄暗い自分の古部屋だね、五燭(ごしよく)の電灯の……。」と私は言い終らぬうち、ほとんど叫ぶように、「いや、ちがう。見える。」
【中】 “是这幽暗的、挂着五烛光电灯的破旧房间吧……”我话音未落,几乎叫喊出声,“不,不对。我看见了。”
【日】 「なにが見えるの。」
【中】 “您看见什么了。”
【日】 「もう見えない。」
【中】 “已经看不见了。”
【日】 「なにがお見えになったの?」
【中】 “您刚才看见什么了?”
【日】 「色だね。薄むらさきの光りだね、ぼうっとした……。その薄むらさきのなかに、赤や金の粟粒(あわつぶ)のように小さい輪が、くるくるたくさん飛んでい た。」
【中】 “颜色。是幽暗的淡紫色的光芒……在那淡紫色之中,有许多像红色和金色粟米粒般微小的圆圈,在滴溜溜地飞舞着。”
【日】 「おつかれなのよ。」
【中】 “您太累了。”
【日】 娘の片腕は私の右腕をベッドに置くと、私の目(ま)ぶたを指の腹でやわらかくさすってくれた。
【中】 姑娘的单臂把我的右臂放在床上,然后用指腹轻柔地抚摩我的眼睑。
【日】 「赤や金のこまかい輪は、大きな歯車になって、廻(まわ)るのもあったかしら……。その歯車のなかに、なにかが動くか、なにかが現われたり消えたりして、 見えたかしら……。」
【中】 “那红色和金色的细小圆圈,也许有些变成了巨大的齿轮在旋转吧……在那齿轮中,似乎有什么东西在动,或者是有什么东西时隐时现吧……”
【日】 歯車も歯車のなかのものも、見えたのか見えたようだったのかわからぬ、記憶にはとどまらぬ、たまゆらの幻だった。その幻がなんであったか、私は思い出せ ないので、
「なにの幻を見せてくれたかったの?」
【中】 无论是齿轮还是齿轮中的东西,究竟是真看见了,还是仿佛看见了,连我自己也不清楚,那只是无法留在记忆中、转瞬即逝的幻象。我回忆不起那幻象究竟是什么,便问:
“你想让我看什么幻象呢?”
【日】 「いいえ。あたしは幻を消しに来ているのよ。」
【中】 “不是的。我是来消除幻象的。”
【日】 「過ぎた日の幻をね、あこがれやかなしみの……。」
【中】 “是消除往日的幻象吧,那些憧憬与悲伤的幻象……”
【日】 娘の指と手のひらの動きは、私の目ぶたの上で止まった。
【中】 姑娘的手指和手心的动作,在我的眼睑上停住了。
【日】 「髪は、ほどくと、肩や腕に垂れるくらい、長くしているの?」私は思いもかけぬ問いが口に出た。
【中】 “解开头发的话,能垂到肩膀和胳膊上吗,你留了那么长吗?”我脱口问出一个出乎意料的问题。
【日】 「はい。とどきます。」と娘の片腕は答えた。「お風呂で髪を洗うとき、お湯をつかいますけれど、あたしの癖でしょうか、おしまいに、水でね、髪の毛が冷た くなるまで、ようくすすぐんです。その冷たい髪が肩や腕に、それからお乳の上にもさわるの、いい気持なの。」
【中】 “嗯,能垂到。”姑娘的单臂回答。“在浴室洗头时,虽然会用热水,但这可能是我的习惯吧,在最后,我会用冷水,一直冲洗到头发变凉为止。那冰凉的头发触碰到肩膀和胳膊,还有触碰到乳房上,感觉很舒服呢。”
【日】 もちろん、片腕の母体の乳房である。それを人に触れさせたことのないだろう娘は、冷たく濡(ぬ)れた洗い髪が乳房にさわる感じなど、よう言わないだろ う。娘のからだを離れて来た片腕は、母体の娘のつつしみ、あるいははにかみからも離れているのか。
【中】 当然,说的是单臂母体的乳房。大概从未让别人触碰过的姑娘,是很难说出冰冷湿润的洗后头发触碰乳房的感觉的。这离开姑娘身体而来的单臂,难道也脱离了母体姑娘的矜持或是羞涩吗?
【日】 私は娘の右腕、今は私の右腕になっている、その腕のつけ根の可憐(かれん)な円みを、自分の左の手のひらにそっとつつんだ。娘の胸のやはりまだ大きくな い円みが、私の手のひらのなかにあるかのように思えて来た。肩の円みが胸の円みのやわらかさになって来る。
【中】 我用自己的左手手心,轻轻包裹住姑娘的右臂——也就是如今已成为我右臂的那条胳膊根部楚楚可怜的圆润。我感觉姑娘胸部同样还不算大的圆弧,仿佛就握在我的手心里。肩膀的圆润,渐渐化作了胸部圆润的柔软。
【日】 そして娘の手は私の目の上に軽くあった。その手のひらと指とは私の目ぶたにやさしく吸いついて、目ぶたの裏にしみとおった。目ぶたの裏があたたかくしめ るようである。そのあたたかいしめりは目の球のなかにもしみひろがる。
【中】 姑娘的手轻轻盖在我的眼睛上。那手心和手指温柔地吸附着我的眼睑,仿佛渗透到了眼睑的内侧。眼睑内侧似乎温暖湿润起来。那温暖的湿润又进一步扩散,渗入到眼球之中。
【日】 「血が通っている。」と私は静かに言った。「血が通っている。」
【中】 “血液在流通。”我平静地说,“血液在流通。”
【日】 自分の右腕と娘の右腕とをつけかえたのに気がついた時のような、おどろきの叫びはなかった。私の肩にも娘の腕にも、痙攣(けいれん)や戦慄(せんりつ) などはさらになかった。いつのまに、私の血は娘の腕に通い、娘の腕の血が私のからだに通ったのか。腕のつけ根にあった、遮断と拒絶とはいつなくなったのだ ろうか。清純な女の血が私のなかに流れこむのは、現に今、この通りだけれど、私のような男の汚濁の血が娘の腕にはいっては、この片腕が娘の肩にもどる時、 なにかがおこらないか。もとのように娘の肩にはつかなかったら、どうずればいいだろう。
【中】 并没有发出像察觉到自己右臂与姑娘右臂替换时那般惊讶的喊叫。我的肩膀和姑娘的胳膊,都没有再发生痉挛或战栗。不知从何时起,我的血液已流向姑娘的胳膊,姑娘胳膊里的血也流进了我的身体?原本在胳膊根部的阻断与拒绝,是什么时候消失的呢?清纯少女的血液流入我的体内,此刻固然美好,但我这般男人的污浊血液若进入姑娘的胳膊,当这单臂回到姑娘肩上时,会不会发生什么事呢?如果无法像原本那样接回姑娘的肩膀,又该怎么办呢。
【日】 「そんな裏切りはない。」と私はつぶやいた。
【中】 “不会有那种背叛的。”我喃喃自语。
【日】 「いいのよ。」と娘の腕はささやいた。
【中】 “没关系的哦。”姑娘的胳膊低语道。
【日】 しかし、私の肩と娘の腕とには、血がかよって行ってかよって来るとか、血が流れ合っているとかいう、ことごとしい感じはなかった。右肩をつつんだ私の左 の手のひらが、また私の右肩である娘の肩の円みが、自然にそれを知ったのであった。いつともなく、私も娘の腕もそれを知っていた。そうしてそれは、うっと りととろけるような眠りにひきこむものであった。
【中】 然而,在我的肩膀与姑娘的胳膊之间,并没有感觉到血液你来我往、或是交汇融合这等夸张的动静。包裹着右肩的我的左手手心,以及作为我右肩的姑娘肩膀的圆润,只是自然而然地感受到了这一切。不知不觉中,我和姑娘的胳膊都知道了这件事。而那,正是将人引入如痴如醉、宛如融化般梦境的东西。
【日】 私は眠った。
【中】 我睡着了。
【日】 たちこめたもやが淡い紫に色づいて、ゆるやかに流れる大きい波に、私はただよっていた。その広い波のなかで、私のからだが浮んだところだけには、薄みど りのさざ波がひらめいていた。私の陰湿な孤独の部屋は消えていた。私は娘の右腕の上に、自分の左手を軽くおいているようであった。娘の指は泰山木(たいさ んぼく)の花のしべをつまんでいるようであった。見えないけれども匂(にお)った。しべは屑籠(くずかご)へ捨てたはずなのに、いつ、どうして拾ったの か。一日の花の白い花びらはまだ散らないのに、なぜしべが先きに落ちたのか。朱色の服の若い女の車が、私を中心に遠い円をえがいて、なめらかにすべってい た。私と娘の片腕との眠りの安全を見まもっているようであった。
【中】 浓雾染上了淡紫色,我在缓缓流动的巨大波浪中漂浮。在那广阔的波浪中,唯有我身体浮起的地方,闪烁着浅绿色的涟漪。我那阴郁孤独的房间已经消失了。我仿佛将自己的左手轻轻地搭在姑娘的右臂上。姑娘的手指似乎正捏着泰山木花的花蕊。虽然看不见,但能闻到香气。花蕊明明已经被扔进字纸篓里了,是什么时候、怎么捡回来的呢?一日之花的白色花瓣尚未凋零,为什么花蕊却先落下了呢?那个穿朱红色衣服的女人的车,以我为中心画着一个遥远的圆圈,平滑地驶过。似乎是在守护着我和姑娘单臂睡眠的安全。
【日】 こんな風では、眠りは浅いのだろうけれども、こんなにあたたかくあまい眠りはついぞ私にはなかった。いつもは寝つきの悪さにべッドで悶々(もんもん)と する私が、こんなに幼い子の寝つきをめぐまれたことはなかった。
【中】 在这种状态下,睡眠应该是很浅的,但我却从未有过如此温暖甜蜜的睡眠。一向因难以入睡而在床上辗转反侧的我,还从未被赐予过这般如同幼童般安稳的入眠体验。
【日】 娘のきゃしゃな細長い爪(つめ)が私の左の手のひらを可愛(かわい)く掻いているような、そのかすかな触感のうちに、私の眠りは深くなった。私はいなく なった。
【中】 仿佛是姑娘纤细柔弱的长指甲在可爱地抓挠着我的左手手心,在那微弱的触感中,我睡得更沉了。我不复存在了。
【日】 「ああっ。」私は自分の叫びで飛び起きた。ベッドからころがり落ちるようにおりて、三足四足よろめいた。
【中】 “啊。”我被自己的叫声惊醒,猛地跳了起来。像滚落床下一样下来,踉跄了三四步。
【日】 ふと目がさめると、不気味なものが横腹にさわっていたのだ。私の右腕だ。
【中】 突然惊醒时,觉得有某个阴森恐怖的东西触碰到了我的侧腹。是我的右臂。
【日】 私はよろめく足を踏みこたえて、ベッドに落ちている私の右腕を見た。呼吸がとまり、血が逆流し、全身が戦慄(せんりつ)した。私の右腕が目についたのは 瞬間だった。次ぎの瞬間には、娘の腕を肩からもぎ取り、私の右腕とつけかえていた。魔の発作の殺人のようだった。
【中】 我稳住踉跄的脚步,看着掉落在床上的我的右臂。呼吸停止,血液倒流,浑身战栗。我的右臂映入眼帘只是一瞬间的事。而在下一个瞬间,我已经将姑娘的胳膊从肩膀上扯下,换上了我的右臂。简直就像走火入魔般发作的杀人行为。
【日】 私はベッドの前に膝(ひざ)をつき、ベッドに胸を落して、今つけたばかりの自分の右腕で、狂わしい心臓の上をなでさすっていた。動悸(どうき)がしず まってゆくにつれて、自分のなかよりも深いところからかなしみが噴きあがって来た。
【中】 我跪在床前,将胸口伏在床上,用刚刚接上的自己的右臂,抚摩着狂跳不止的心脏上方。随着心悸渐渐平息,从比我自己更深邃的地方,一股悲伤喷涌而出。
【日】 「娘の腕は……?」私は顔をあげた。
【中】 “姑娘的胳膊呢……?”我抬起头。
【日】 娘の片腕はベッドの裾(すそ)に投げ捨てられていた。はねのけた毛布のみだれのなかに、手のひらを上向けて投げ捨てられていた。のばした指先きも動いて いない。薄暗い明りにほの白い。
【中】 姑娘的单臂被扔在了床尾。在被踢开的凌乱毛毯中,它被手心朝上地抛弃在那里。伸直的指尖也一动不动。在幽暗的灯光下,泛着朦胧的苍白。
【日】 「ああ。」
【中】 “啊。”
【日】 私はあわてて娘の片腕を拾うと、胸にかたく抱きしめた。生命の冷えてゆく、いたいけな愛児を抱きしめるように、娘の片腕を抱きしめた。娘の指を唇(くち びる)にくわえた。のばした娘の爪の裏と指先きとのあいだから、女の露が出るなら……。
【中】 我慌忙捡起姑娘的单臂,紧紧地抱在胸前。如同拥抱着生命正在渐渐冷却的、可怜的爱子一般,我将姑娘的单臂拥入怀中。我把姑娘的手指含在唇间。若是从那伸长的指甲背面与指尖之间,能渗出女人的露水的话……