妖氛録 / 妖氛录
中島敦 / 中岛敦
【日】 口数の寡すくない、極く控え目勝ちな女であった。美人には違いないが、動きの少い、木偶でくの様な美しさは、時に阿呆に近く見えることがある。この女は、自分故に惹起される周囲の様々な出来事に、驚きの眼を瞠みはっているように見えた。それらが、自分の為に惹起されたのだということに、一向気付かぬようにも思われる。気付きながら少しも気付かぬように装っているのかも知れぬ。気付いたとしても、それに誇を覚えているのか、迷惑を感じているのか、愚かな男共を嘲っているのか、それは誰にも分らぬ。唯、そんな傲りの気配だけは少しも表に現れない。
【中】 她是个寡言少语、极其内敛的女人。无疑是个美人,但那种缺乏生气、宛如木偶般的美,有时竟显得近乎痴呆。这个女人,对于因自己而引发的周围的种种事端,似乎总是瞪大眼睛感到惊讶。仿佛她压根儿没意识到这些事是因她而起的。也许她意识到了,却装作毫不知情。即便她意识到了,究竟是感到骄傲,还是觉得困扰,抑或是嘲笑那些愚蠢的男人们,谁也无从知晓。只是,那种傲慢的迹象在表面上丝毫没有显露出来。
【日】 つくり物のように静かな顔に、時として、不意に、燃えるような華やかさの動き出すことがある。雪白の冷たい石龕せきがんの内に急に灯がともされたように、耳朶は見る見る上気して、紅玉色に透り、漆黒しっこくの眸子ぼうしは妖しい潤いに光って来る。内に灯のともっている間だけ、此の女は世の常の女ではなくなる。斯こうした時の此の女を見た少数の男だけが、世の常ならぬ愚かさに我をも忘れるものらしい。
【中】 在那宛如人造物般恬静的脸庞上,有时会突然泛起如火焰般燃烧的艳丽神采。仿佛雪白冰冷的石龛内突然点亮了灯火,她的耳垂眼看着泛起红晕,透出红宝石般的色泽,漆黑的眼眸也闪烁起妖异的水润光芒。只有在内心的灯火点亮之时,这个女人才不再是寻常的凡间女子。似乎只有少数见过她这副模样的男人,才会忘乎所以地陷入超乎寻常的愚蠢之中。
【日】 陳の大夫御叔ぎょしゅくの妻夏姫かきは、鄭の穆公の女むすめに当る。周の定王の元年に父が死に、その後を継いだ兄の子蛮も直ぐに翌年変死した。陳の霊公と夏姫との間は、丁度其の頃から続いているのだから、既にかなり久しいことである。荒淫の君主に強いられて斯う成ったのではない。凡て斯うした事は、夏姫にとって、水が低きに流れるように自然に成るのである。興奮もなく、後悔もなく、唯何時の間にか成って了ったという外はない。夫の御叔は、典型的なお人よしの意気地無しであった。うすうす気付いてはいたらしかったが、さて気が付いた所で、どうなるものでもない。夏姫は、夫に済まなさを感じるでもなく、さりとて、軽蔑を感じるでもない。ただ、以前まえより一層心優しく夫をもてなすようになった。
【中】 陈国大夫御叔的妻子夏姬,是郑穆公的女儿。周定王元年,她父亲去世,继位的哥哥子蛮也在第二年死于非命。陈灵公与夏姬之间的私情,正是从那时起一直延续下来的,算来已有相当长的一段时日了。这并非是被荒淫的君王强迫才导致的。所有这一切,对夏姬而言,就像水往低处流一般自然而然地发生了。既没有兴奋,也没有后悔,只能说是不知不觉间就变成了这样。她的丈夫御叔,是个典型的老好人、懦夫。他似乎也隐约察觉到了,但即便察觉了,又能怎样呢。夏姬对丈夫既没有感到歉疚,也没有感到轻蔑。只是,她比以前更加温柔地服侍丈夫了。
【日】 或る時、霊公が朝ちょうにいて、上卿しょうけいの孔寧こうねいと儀行父ぎこうほとに戯れ、チラリと其の衵服はだぎを見せた。媚なまめかしい女ものの肌着である。二人はギョッとした。孔寧も儀行父も、実は其の時、それと同じような夏姫の肌着を身に着けていたからである。霊公は知っているのだろうか? 勿論二人は、お互い同志のことを良く承知している。二人にだけ夏姫の肌着を見せた所からすれば、霊公も既に二人のことを知っているのではなかろうか? 主君の戯れに、諂諛てんゆの笑を以て応えて良いものか、どうか。二人は恐る恐る霊公の顔色を窺うかがった。二人の見出したものは、底意の無さそうな、唯淫らな、脂下やにさがった笑い顔である。二人はホッと胸を撫下なでおろした。数日後には、二人とも亦霊公に自分等の媚めかしい肌着を見せる迄、大胆になって来た。
【中】 有一次,灵公在朝堂上,与上卿孔宁、仪行父开玩笑,随手掀开衣服,露出了一瞥内衣。那是一件娇媚的女性内衣。两人都吓了一跳。因为孔宁和仪行父当时实际上也都穿着同样属于夏姬的内衣。灵公知道吗?当然,这两人对彼此的底细一清二楚。既然灵公只向他们两人展示夏姬的内衣,难道灵公也已经知道他们俩的事了?面对主君的戏谑,是用阿谀奉承的笑容来回应好呢,还是怎样好呢?两人战战兢兢地观察着灵公的脸色。他们发现的,是一张似乎没有恶意、唯有淫靡与自鸣得意的笑脸。两人这才松了一口气。几天后,两人甚至大胆到也向灵公展示起他们身上那娇媚的内衣来。
【日】 洩冶せつやという直こうちょくの士が霊公に直言した。「公卿淫を示さば、臣効ならうこと無からんや。且つ、聞ぶん令よからず。君、其れ、之(夏姫の肌着)を納めよ。」(公卿が淫を示せば、下々の者も之に効う懼おそれがあります。それに第一、外聞も悪い事ですから、何卒、そういう真似だけはおやめ下さいますよう。)
実際、当時の陳の国は、強国晋と楚との間に挟まれ、一方に附けば、一方の侵略を受けるという有様で、女狂いどころでは無かったのである。霊公も「我能く改めん」とあやまる外はなかった。併しかし、孔寧、儀行父の二人が、上を畏れざるの臣は除かねばならぬと主張した。霊公も強いては止とめない。翌日、洩冶は何者かに刺されて斃たおれた。
【中】 一个名叫泄冶的正直之士向灵公直言进谏:“公卿宣扬淫乱,臣下难道不会效仿吗?况且,这传出去名声也不好。请主公收起这个(夏姬的内衣)吧。”(公卿若展现出淫乱,下面的臣民恐怕也会效仿。更何况,这实在有伤风化,所以请您务必不要再做这种事了。)
实际上,当时的陈国夹在强国晋与楚之间,依附一方就会遭到另一方的侵略,根本不是能够沉湎女色的时代。灵公也只能道歉说:“我一定改。”然而,孔宁、仪行父两人却主张必须除掉这种犯上无礼的臣子。灵公也没有强行阻止。第二天,泄冶便被不明身份的人刺杀了。
【日】 やがて、人の良い夫の御叔も妙な死に方をした。
霊公と二人の上卿との間には、嫉妬というものが殆ど無かった。嫉妬の生ずる余地の無い迄に、夏姫の周りに立罩たちこめた雰囲気が彼等を麻痺させていたのである。
【中】 不久,那个老好人丈夫御叔也离奇地死去了。
灵公和两位上卿之间,几乎不存在嫉妒这种东西。夏姬周围笼罩的氛围将他们麻痹得连产生嫉妒的余地都没有了。
【日】 三人の憑つかれた男が、或日、夏姫の家で酒を飲んでいると、夏姫の子の徴舒ちょうじょが前を過ぎた。その後姿を見ながら霊公が行父に言った。「徴舒はお前に似てるぞ!」行父は笑って直ぐに酬いた。「とんでもない。御主君にこそ似ていらっしゃいますよ。」青年夏徴舒は二人の言葉をはっきりと聞いた。父の死に対する疑惑や、母の生活に対する憤懣や、自己の運命に就いての屈辱感や、そうしたものが一時に火となって、彼の中に燃え上った。宴が終って霊公が出て行く時、忽ち一本の矢が飛来って其の胸を貫いた。遥かに離れた廐の闇の中から、爛々と燃える夏徴舒の眼がのぞいている。絶望的な怒りに顫える其の手には、既に、第二の矢が番つがえられている。
【中】 有一天,这三个被迷住的男人正在夏姬家里喝酒,夏姬的儿子夏征舒从他们面前走过。灵公看着他的背影对仪行父说:“征舒长得像你啊!”仪行父笑着立刻回嘴道:“哪里的话。分明是像主公您才对。”青年夏征舒听得清清楚楚。对父亲之死的疑惑、对母亲生活作风的愤懑、对自己命运的屈辱感,所有这一切顿时化作一团烈火,在他心中燃烧起来。宴会结束,灵公走出来时,忽然一支箭飞来,贯穿了他的胸膛。从远处马厩的黑暗中,透出夏征舒那闪烁着熊熊怒火的眼睛。他那因绝望的愤怒而颤抖的手里,已经搭上了第二支箭。
【日】 孔寧と儀行父は惶おそれ慌てて家にも戻らずに、直ぐに其の足で楚国へ難を避けた。
【中】 孔宁和仪行父惊恐万状,连家都没回,直接拔腿逃往楚国避难去了。
【日】 当時の慣いとて、一国に乱が起ると、それを鎮めるという名の下に、必ず他の強国の侵略を受ける。陳の霊公が弑しいせられたと聞くや、楚の荘王は直ちに軍を率いて、陳の都に入った。夏徴舒は捕えられ、栗門りつもんという所で車裂の刑に遭った。陳国の乱みだれの因もとになった夏姫は、はじめから楚の将士の好奇の眼の的になった。毒々しい妖婦的な容貌を想像していたのに、案外平凡な物静かな女を見出して、失望した者もいる。自分の行為に就いて何の責任も負わぬ幼児の様に、夏姫は此の亡国の騒ぎに、ただ一人無邪気といっていい位、とりすましていた。酷刑に処せられた独り息子の運命にもさして心を動かされない様子で、入替り立替り目の前に現われる王や其の卿大夫の前に、つつましやかに眼を俯せていた。荘王は、凱旋がいせんの時に夏姫を連れ帰った。之を内に納れようとしたのである。
【中】 按照当时的惯例,一国发生内乱,必定会遭到其他强国以平乱为名的侵略。楚庄王一听说陈灵公被弑,立刻率领军队攻入了陈国国都。夏征舒被捕,在栗门这个地方遭受了车裂之刑。作为陈国内乱起因的夏姬,从一开始就成了楚国将士们好奇的焦点。原本想象着会是一副狠毒妖妇的容貌,结果却发现是个出乎意料平凡恬静的女人,有人因此感到失望。就像对自己的行为不负任何责任的孩童一样,在这亡国的动荡中,唯有夏姬一人装得若无其事,甚至可以说天真无邪。面对被处以极刑的独生子的命运,她似乎也并未动容,在走马灯般出现在眼前的君王及其卿大夫面前,只是低眉顺眼地垂下目光。庄王凯旋时将夏姬带了回去。他打算将其纳入后宫。
【日】 屈巫くっぷ、字は子霊、一に巫臣ともいう者が之を諫いさめた。「不可なり。色を貪むさぼるを淫となす。淫を大罰となす。周書に曰いわく、『徳を明らかにし罰を慎しむ』と。君、それ之を図れ。」(いけませぬ。御主君は、今度は逆臣を誅ちゅうし、大儀を匡ただすのを名として陳に兵を進めた筈です。それが、もし夏姫を納られることになれば、淫を貪らんがために、兵を起したといわれても仕方の無いことになります。周書にも『徳を明らかにし、罰を慎しむ』とあります。君、それ願わくは之を図り給わんことを。)荘王は好色家であるよりも、野心的な政治家だったので、直ぐに巫臣の諫めを容れた。
【中】 屈巫,字子灵,又称巫臣的人进谏了。“不可。贪恋女色便是淫,淫是大罪。《周书》有云:‘明德慎罚’。请主公三思。”(万万不可。主公此次是以诛杀逆臣、匡扶大义为名进兵陈国的。如果现在收编了夏姬,被人说是为了贪恋女色而起兵也百口莫辩了。《周书》中也写道‘明德慎罚’。请主公务必三思啊。)庄王与其说是个好色之徒,不如说是个野心勃勃的政治家,因此立刻接受了巫臣的进谏。
【日】 令尹の子反が夏姫を娶めとろうとした。又しても巫臣がとめた。「夏姫は是、不祥の人ではないか。兄を夭ようせしめ、夫を殺し、主君を弑しいし、子を戮りくし、二卿を奔はしらしめ、陳国を滅ぼした女だ。こんな不祥な女が又とあるものではない。天下に美婦人は多い。何もあの女に限ったことはあるまいに。」妙な虚栄から、子反は渋々思い止とどまった。結局、夏姫は連尹の襄老に与えられることになった。夏姫は大人しく襄老の妻となった。此の女程、与えられたものに従順な者は無い。それでいて、何時いつの間にか、自らも意識することなしに、その与えられたものを狂わし、濁らして了うのである。
【中】 令尹子反想要娶夏姬。巫臣再次出面阻止。“夏姬此人难道不是个不祥之人吗?让她哥哥早夭,克死丈夫,弑杀主君,连累儿子被杀,让两位公卿逃亡,更让陈国灭亡。天下再没有这样不祥的女人了。世间美貌女子多的是,何必非要这个女人不可呢?”出于一种莫名的虚荣心,子反勉强打消了这个念头。最终,夏姬被赐给了连尹襄老。夏姬乖乖地成了襄老的妻子。没有比这个女人更顺从于自己被赋予的命运的了。然而,不知不觉间,她又会在自己毫无意识的情况下,把那赋予她的东西搅得天翻地覆、浑浊不堪。
【日】 翌、周の定王の十年、晋・楚の大軍が※ひつ[#「必+おおざと」、U+90B2、331-13]の地に戦い、楚軍は大いに敗れた。此の戦で、襄老は戦死した上、尸しかばねを敵に取られて了った。
【中】 第二年,即周定王十年,晋楚两国大军在邲地交战,楚军大败。在这场战役中,襄老不仅战死,连尸体也被敌人抢走了。
【日】 襄老の子、黒要は既に逞しい青年である。夫の死を忘れ、父の死を忘れ、喪服を着けた夏姫と黒要とは何時か、妖しい愉しみに耽り出した。
【中】 襄老的儿子黑要已经是个强壮的青年了。忘记了丈夫的死,忘记了父亲的死,穿着丧服的夏姬不知何时起,竟与黑要沉溺于妖异的欢愉之中。
【日】 先さきに、荘王と子反とを諫めた申公巫臣が、漸く夏姫に近づいて来た。老練の策謀家らしく、彼は、直ぐには夏姫を独占し触れようとしない。巫臣は莫大な黄白を散じて、彼女の故国鄭に計を施した。彼の立場として、楚国で夏姫を娶るのが無理なことは、明らかであったから。やがて、鄭から楚国に通知が来た。さきの楚の連尹、襄老の尸が晋から鄭国に送られることになったから、夏姫は鄭に来きたって夫の尸を迎えよ、というのである。事の真偽に些か疑を抱いた荘王は、巫臣を召して、その意見を徴した。
「本当らしく思われます。」と巫臣は答えた。
「晋では、※[#「必+おおざと」、U+90B2、332-8]の戦で我の得た捕虜の中に、智ちおうというものがおります。晋では此の者を取戻したいのです。智の父は晋侯の寵臣であり、且つ其の一家は鄭国に知己を多く有もっているので、此の際鄭を仲介として、我が国と捕虜交換をしようというのでしょう。それで、彼に囚われている我が公子穀臣と、襄老の尸とを返そうというのだと思われます。」
王は頷いて、夏姫を鄭に帰した。夏姫には固もとより、巫臣の意は疾とっくに通じられている。出発に臨んで「夫の尸が得られなければ、二度と戻りませぬ」と傍の者に言った。「夫の尸は得られそうもありませぬ故、私は再び戻りますまい」という意味に取った者は誰一人無い。黒ずくめの喪服に日頃の凄艶さを包んだ夏姫の旅姿には、流石に亡夫の尸を取りに行く未亡人らしい殊勝さが見える。黒要とは、極めてあっけなく別れた。夏姫が鄭に着くと、それを追いかけるようにして巫臣の密使が鄭に行き、夏姫を聘へいし度い旨を伝えた。鄭の襄公は之を許した。しかし、まだ夏姫は巫臣のものになった訳ではない。
【中】 先前劝谏过庄王和子反的申公巫臣,终于开始接近夏姬了。宛如老练的谋略家一般,他没有立刻试图独占并染指夏姬。巫臣散尽巨额金银,对她的故国郑国施展了计谋。因为以他的立场,显然是不可能在楚国娶夏姬的。不久,郑国向楚国发来了通知。说是前楚国连尹襄老的尸体将由晋国送往郑国,所以请夏姬前来郑国迎接丈夫的遗体。庄王对事情的真伪抱有几分怀疑,便召见巫臣征求意见。
“看来是真的。”巫臣回答道。
“晋国那边,在邲之战被我们俘获的人当中,有个叫智罃的。晋国想把这个人要回去。智罃的父亲是晋侯的宠臣,而且他家在郑国有很多熟人,所以应该是想借郑国做中间人,与我国进行战俘交换。因此,大概是打算用被他们囚禁的我国公子谷臣和襄老的尸体来交换。”
庄王点点头,让夏姬回郑国去了。夏姬那边,自然早就与巫臣心意相通了。临行前,她对身边的人说:“若迎不回丈夫的遗体,我就不再回来了。”没有一个人听出这句话的意思其实是:“丈夫的遗体看来是迎不回来的,所以我再也不回来了。”一身黑色丧服包裹住往日凄厉艳丽的夏姬,这副出行的装扮,倒真透着几分去迎接亡夫尸体的未亡人该有的虔诚与顺从。她与黑要的分别,极其干脆利落。夏姬一到郑国,巫臣的密使就像追着她似的也到了郑国,传达了想要聘娶夏姬的意愿。郑襄公答应了。但是,夏姬这时候还并没有成为巫臣的女人。
【日】 楚の荘王が死んで、共王の代となった。共王は斉と結んで、魯を討とうとし、其の出師の期を告げる為に巫臣を使として斉に遣つかわすことにした。巫臣は家財を残らずまとめて、出発した。途で、申叔跪という者が之に会い、異あやしんで言った。「三軍の懼の中に、淫らなる喜びの色が漂うとは、不思議なる哉。」巫臣は鄭に着くと、副使に聘物へいもつを持って楚に帰らせ、自分は独り、夏姫を連れて去った。夏姫は別に大して喜ぶ風も見せずに、ついて行った。斉に入ろうとしたが、丁度、斉の師が※あん[#「安/革」、U+978C、333-6]の戦で敗れた所だったので、転じて晋に奔はしった。郤げき至という重臣の斡旋で、巫臣は刑けいの大夫として晋に仕えることになった。
【中】 楚庄王去世,到了共王这一代。共王打算与齐国结盟讨伐鲁国,为了告知出兵的日期,决定派巫臣出使齐国。巫臣将家财收拾得一干二净,出发了。途中,一个叫申叔跪的人遇见了他,觉得奇怪便说:“在大军肃杀的紧张之中,竟然漂浮着淫邪欢悦之色,真是不可思议啊。”巫臣一到郑国,便让副使带着聘礼返回楚国,自己则独自带着夏姬远走高飞。夏姬也没有表现出多高兴的样子,跟着他走了。两人本想逃往齐国,但正好赶上齐军在鞌之战中战败,于是转而逃奔晋国。在重臣郤至的斡旋下,巫臣作为邢大夫开始在晋国出仕。
【日】 夏姫を娶ろうとして巫臣にとめられ、結局其の巫臣に女をさらわれて了った楚の子反は歯噛はがみをして口惜しがった。彼は重幣を晋に遣つかい、百方手を尽して、巫臣の仕官の途を塞ごうとしたが、空しかった。腹立ちまぎれに、巫臣の一族、子閻、子蕩及び、夏姫の義子に当る黒要を惨殺して、その財を奪った。それでもまだ腹のいえない貌かおである。
【中】 想要娶夏姬被巫臣阻拦,最终却被那个巫臣把女人拐走的楚国子反,咬牙切齿地懊悔不已。他派人带着重金出使晋国,千方百计试图堵死巫臣的仕途,但都落空了。怒火中烧之下,他残杀了巫臣的一族子阎、子荡,以及夏姬的继子黑要,并夺取了他们的财产。即便如此,他仍是一副难以解恨的表情。
【日】 巫臣は直ちに晋から書を送って之を詛のろい、報復を誓った。彼は晋侯に請うて、自ら呉に使し、晋呉を結んで、楚国を挟撃しようとした。楚の南方の属国たる巣と徐とが呉の侵略を受け、子反は之が防戦のため、一歳に七度奔命せねばならなかった。後数年、陵えんりょうの敗戦の責を引いて、子反は自ら頸くびはねた。
【中】 巫臣立刻从晋国送信诅咒他,并发誓报复。他请求晋侯,亲自出使吴国,促成晋吴结盟,企图夹击楚国。楚国南方的属国巢和徐遭到吴国的侵略,子反为了防守,一年之内不得不七次疲于奔命。几年后,因承担鄢陵之战战败的责任,子反自刎而死。
【日】 夏姫は、巫臣の室として、漸く落ちついたように見える。力つとめて己を抑え、天の意には決して逆らわない。これが嘗て陳楚二国を擾がした妖姫とは、どう見ても受取れない。しかし巫臣は決して安やすんじなかった。夏姫は以前まえから斯うした女なのである。この女は年をとらぬのかも知れぬ。もう五十に近い筈であるのに、肌は処子の様な艶を有もっている。その不思議な若さが、今や、巫臣にとって煩わしい心遣いの種子であった。婢妾僮僕に啗くらわしめて秘かに探らせたこともある。彼等の報告は何時も夏姫の貞淑を保証するものばかりである。其等の報告を其の儘信じ込む程人の良い男ではなかったが、秘かな監視を止める程には、未だ超然たり得ない。どういう気持であの女を追い求めたのか、最早それが不思議でならぬ。以前の襄老の子、黒要との場合を考えると、巫臣は、既に成人した息子達にも猜疑の眼を向けずにはいられない。一子狐庸こようを久しく呉国に留まらせたのも、一つには斯うした顧慮からである。貞淑な夏姫が家に来てから、頓に索莫となった身辺を顧みて、彼は愕然とする。巧みな術策によって競争者を出し抜き、うまうまと手に入れたと思ったのだが、手に入れたのは果して、どちらだったのか? 自分はもう夏姫を欲してはいないのだと思う。その頃の己と、今の己とは、丸で違って了っている。ただあの女を求めるという昔の意志の方向だけが、自分から独立して、習慣として残っており、それが今も、支配を振おうとしているだけだと、そう思うことがある。彼は近頃、自分の生命が最早下り坂を急ぎつつあるのを認めない訳には行かない。精神と肉体との衰えが余りにもハッキリと意識されるのである。或る時、夕暮の微光の中に、妖気を吐き尽した白狐の如く端然と坐った夏姫の姿を横あいから眺めた時、如何に自分の運命がこのものの為に高い価を払わねばならなかったかを巫臣は始めてマザマザと感じた。思わず慄然とし、だが、次の瞬間、何故かしらぬが、わけの判らぬ妙なおかしさが込み上げて来た。こんな莫迦ばかげた踊りを(白狐のような夏姫も所詮は操あやつられたにすぎぬのだ)己の一生の無意味さが他人事のように眺められたのである。
【中】 夏姬作为巫臣的正室,似乎终于安定下来了。她极力克制自己,绝不违背天意。无论怎么看,都无法接受这就是那个曾经搅得陈楚两国天翻地覆的妖姬。然而巫臣却绝不安心。夏姬从以前起就是这样的女人。这个女人或许不会衰老吧。明明已经快五十岁了,肌肤却依然保持着处女般的光泽。那不可思议的年轻,如今成了巫臣烦心担忧的种子。他甚至曾收买婢妾奴仆暗中监视。他们的报告总是拍着胸脯保证夏姬的贞洁。巫臣并不是那种会把报告原封不动信以为真的老实男人,但也还没有超然到可以停止暗中监视的地步。当初到底是怀着怎样的心情去追求那个女人的,现在想来真是不可思议。想到以前她与襄老的儿子黑要的事情,巫臣就忍不住对已经成年的儿子们也投以猜疑的目光。他让儿子狐庸长久地留在吴国,一方面也是出于这种顾虑。回顾自从贞淑的夏姬来到家里后,变得顿时索然无味的身边生活,他感到愕然。本以为凭借巧妙的计谋击败了竞争者,轻而易举地得到了手,但最终到手的,究竟是哪一方呢?(是自己得到了她,还是被她所捕获?)他觉得自己已经不再渴望夏姬了。那时候的自己,和现在的自己,已经截然不同了。只是那个去追求那女人的旧日意志的方向,独立于自己之外,作为一种习惯残留了下来,现在依然试图施加统治罢了——他有时会这么想。最近,他不得不承认,自己的生命已经在加速走下坡路了。精神和肉体的衰老被他太清晰地意识到了。有一次,在黄昏的微光中,从侧面眺望宛如吐尽妖气白狐般端坐着的夏姬的身影时,巫臣才真真切切地感受到,自己的命运为了这个东西到底付出了多么高昂的代价。他不禁毛骨悚然,但在下一个瞬间,不知为何,一股莫名现代其妙的奇特滑稽感涌上了心头。这场荒唐的闹剧(如同白狐般的夏姬说到底也不过是被操控的木偶罢了),他仿佛像看别人的事一样,看到了自己一生的毫无意义。
【日】 踊らせた繰り手の心がのり移ったように、彼はしまりもなくゲラゲラと笑い出した。
【中】 仿佛被操控这场舞蹈的提线者的心思附体了一般,他毫无形象地放声大笑起来。